第74回:世界知的所有権機関(WIPO)における世界レベルでの権利制限に関する検討の提案
この3月10日から12日にかけて、世界知的財産権機関(WIPO)でも、著作権に関する会合をやっていたようである(Intellectual Property Watchの記事1(英語)、記事2(英語)、ag IPnewsの記事(英語))。
放送条約などの既存アジェンダについては、案の定持ち越しとなったようだが、これらの記事によると、世界的に権利制限の国際比較を行い、ミニマムスタンダードを作るべきであるとする提案が、このWIPO著作権委員会で、チリを始めとして、ブラジル、ニカラグア、ウルグアイなどから共同提案として出されたようである。
IP watchのサイトに載っているその提案の骨子は、かいつまんで訳すと、
- 加盟各国の、著作権の例外と制限に関する規定と運用の特定
- 革新と創造の促進とそこから生まれる進歩の普及に必要な例外と制限の分析
- 全ての国がミニマムとして考えるべき公益目的のための例外と制限に関する合意の確立
というものであり、国際機関レベルでも、権利制限に関する検討の提案が出され、複数の国から支持を集めているということは注目に値する(チリは2005年当時からこのような提案をしていたらしく、条約のような取り決めには結びついていないが、WIPOでも既にいくつか権利制限関係の調査研究がされているようである)。先進国中心の著作権保護強化の動きにもはやうんざりしている国も、発展途上国の中にはそれなりにあるに違いなく、命に関わる特許ほどではないにしても、著作権にも南北問題が存在していると見える。
また、やはりアメリカやヨーロッパが渋い顔をしたようだが、条約とするかはともかく、図書館に関する権利制限などについて今後も何らかの調査・検討を行っていくことについては一定の合意が得られたようである。
(なお、記事によると、Public Knowledgeや電子フロンティア財団(EFF)やEuropean Digital Rightsなどの各地のユーザーグループも、この提案を支持しているらしい。)
知財の保護強化ばかりが文化の発展に役立つ政策であるというのは完全に間違った概念であり、公正利用の類型に対する権利制限の充実も全国民を裨益する立派な文化政策である。日本政府も、国内の利権団体や欧米主要国の顔色をうかがっているばかりでなく、このような国際的な権利制限に関する動きについて積極的な支持と参加を打ち出してはどうかと心から私は思う。
国際機関レベルの話となると、個人でできることには限りがあるが、折角の機会なので、知財本部のパブコメには、知財の保護強化とは異なる国際動向についても、政府はきちんと国民に伝えてもらいたいと、また、是非、このような公正な利用形態に対する権利制限においても、世界をリードできるくらいの検討をしてもらいたいとも書きたいと思っている。それくらいの検討ができて始めて、本当の文化先進国家と言えるのだ。
(追記:ネットにおける帯域制限に関する指針の意見募集がかかったという報道(読売のネット記事、日本インターネットプロバイダー協会の報道資料、ガイドライン案本文、総務省の調査資料)があった。通信制限が「通信の秘密」に対する侵害行為であり、一般的に利用者の同意がない限り許されないにも関わらず、他の利用者の円滑な利用が妨げられる場合は、一般の利用者と同じレベルまでであるにせよ、同意なしに通信量を制限しても良いとするのは実に奇妙な気がするのは私だけだろうか。他の利用者の円滑な利用が妨げられる場合という基準も、曖昧なように思う。通信政策はこのブログの本筋とずれるので、大した突っ込みを入れるつもりもないが、通常の通信事業なら、本来はこのような問題は設備投資とサービス競争で解決されるべき問題ではないかという気もするので、ネットのヘビーユーザーは、良くガイドライン案を読んで、もし意見があれば出すことをお勧めする。)
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