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2008年2月28日 (木)

第65回:インターネット上での商標権の使用とエルマーク

 先週の19日に、日本レコード協会から、レコード会社が許諾した音楽配信事業者を識別するための「エルマーク」制度の運用を開始したとの発表がなされた(internet watchの記事ITproの記事参照)。

 このことについて何か書こうかとも考えていたのだが、このマークそのものの問題については、既に「半可思惟」で綺麗にまとめられていて、さらにこの内容を受けたものとして、「風のはて」、「日本違法サイト協会ブログ」、「Baldanders.info」等々でも良いまとめが読めるので、これ以上言うこともない。ダウンロード違法化問題との関係について興味がある方は、是非これらのブログをご覧頂ければと思う。

 それで、「半可思惟」の追補でも触れられていることもあり、どうしようかと思ったが、折角の機会なので、私も、インターネット上での商標権の使用に関する話を少しだけ書いておこうかと思う。(inflorescencia様、念のためトラックバックで記事を書かせて頂きますが、補足というより蛇足かも知れませんので、お邪魔でしたら、トラックバックをお切り下さい。)

 まず、商標法では、「商標」とその「使用」については以下のように定義されている。(純粋にインターネット上での商標の使用に特に関係する部分のみの抜粋である。強調は私がつけたもの。)

第二条  この法律で「商標」とは、文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。
一  業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの
二  業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)
(中略)
3  この法律で標章について「使用」とは、次に掲げる行為をいう。
(中略)
七  電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法をいう。次号において同じ。)により行う映像面を介した役務の提供に当たりその映像面に標章を表示して役務を提供する行為
八  商品若しくは役務に関する広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為

 そして、商標では、役務も指定され、商標権はこの指定役務に類似する役務に対する類似商標の使用にまで及ぶ(第37条)。

 例えば、Lマークなら、特許庁の特許電子図書館の商標検索で登録番号5101818号を調べれば、指定役務は、

【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】
 第9類 ダウンロード可能な音楽・音声・画像・映像・映画,ダウンロード可能な携帯電話の着信音用の音楽又は音声,ダウンロード可能なゲームプログラム,レコード,メトロノーム,電子楽器用自動演奏プログラムを記憶させた電子回路及びCD-ROM,インターネットを利用して受信し、及び保存することができる音楽ファイル,映写フィルム,スライドフィルム,スライドフィルム用マウント,インターネットを利用して受信し、及び保存することができる画像ファイル,録画済みビデオディスク及びビデオテープ,電子出版物,業務用テレビゲーム機,電気通信機械器具,コンピュータプログラム,電子応用機械器具及びその部品,家庭用テレビゲームおもちゃ,携帯用液晶画面ゲームおもちゃ用のプログラムを記憶させた電子回路及びCD-ROM
 第35類 広告,トレーディングスタンプの発行,商品の販売に関する情報の提供,インターネットを利用して受信し、及び保存することができる音楽ファイル及び同画像ファイルの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供
 第41類 オンラインによる音楽・画像・映像・動画・映画・ゲーム・電子書籍の提供,映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営,映画の上映・制作又は配給,演芸の上演,演劇の演出又は上演,音楽の演奏,音楽の演奏に関する情報の提供,放送番組の制作,電子出版物の提供,レコード又は録音済み磁気テープの貸与,録画済み磁気テープの貸与
 第45類 著作権又は著作隣接権の管理に関する情報の提供,著作権法等の法律情報の提供

と分かるので、このような指定役務と同一又は類似の役務を業として行っているサイトにエルマークの図形と同一又は類似するマークを付すことが、規制の対象となる。商標権は、登録公示により権利が発生し、例外はあるものの独自創作の抗弁はできない絶対的独占権型の権利であり、その侵害は非親告罪とされている。この例で言えば、要するに、音楽配信業あるいはこれに近い業のサイトが、エルマークの図形と同一又は類似するマークを勝手にサイトに使った場合、それで警察に捕まっても文句は言えないということである。

 ここで、個人のホームページで商標を使用する行為が規制されないのは、基本的に、定義の中に「業として」という業規制が入っているおかげである。しかし、インターネットによる個人と企業のフラット化はこれからも進み、インターネットにおける業と非業の区別はこれからもどんどん曖昧になって行くと考えられるため、ここでもまた余計な規制強化が図られる恐れがないとは言えない。(なお、インターネットは世界共通だが、日本の商標権は日本の国内にしか及ばないという問題もある。特許権や意匠権は、その規制が現実の物品とほぼ対応するものであるため、このような情報化の影響は受けにくい。)

 だが、例えどんなに境界が曖昧となるにせよ、その侵害が非親告罪とされ、さらに登録公示による絶対的独占権型の強い権利による規制を、本当の一般ユーザーまで及ぼすことは、一般ユーザーにとって過度の負担となるものであり、この業規制は絶対なくしてはならないものである。

 実際のところ、商標はあくまで商品なり役務なりの出所を示すものであり、著作権とは違って、各条文にぶら下がる形で民々の利権秩序が構成されていたりする訳ではないので、よほどことがない限り大丈夫だと思うが、役所が何をやってくるかは全く信用できないので油断はしすぎない方が良いだろう。

(平成15年の産業構造審議会・知的財産政策部会・商標制度小委員会の第2回の配布資料「「商標」及び標章の「使用」の定義の在り方について」でも、あっさり「「業として」は、従来「反復継続して」を意味するものとされているが、このような要素を商標の定義に含めている例は他国には韓国商標法の他には見られない。(中略)商標法においても、「反復継続して」使用されることが問題となるのは商標登録出願に対する審査においてどの標章を商標とすべきか判断する時点ではなく、商標権侵害訴訟や不使用取消審判において、商標の「使用」の有無が問題となる場合である。以上を踏まえると、商標の定義に「業として」を含めることは適当ではないのではないか。」と業規制を削るのか、使用の定義に移動するのか良く分からないが、定義をいじりたいような書き方がされている。ただ、このとき以来この定義の話はまともに取り上げられていないので、現時点では、多分私の気の回しすぎだろう。)

 この点については、2001年にWIPO採択された「インターネット上の商標及びその他の標識に係る工業所有権の保護に関する共同勧告」(特許庁のHPの記事参照)に書かれている通り、

  1. インターネット上における標識の使用を使用と認めるかは、「商業的効果」の有無によって判断する。
  2. インターネット上の標識の使用者に、事前に世界的なサーチ義務を負わせることは、当該標識の使用者に過度の負担を課すこととなり不適当であるとの前提のもと、ノーティスアンドテイクダウン手続を規定する。
  3. サイバースクワティングのような悪意による使用の場合を除き国の領域を超える差止命令を禁止する。

といった原則を今後も是非守ってもらいたいものである。

 今のところ、あまり心配しなくて良いのだが、商標法も同じくインターネットによる商標そのものの情報化の問題を抱え、法律上の「商標」と「使用」の定義次第でこれもユーザーにとって相当やっかいな規制になり得るということは知っておいても損はないのではないかと思う。(ドメイン名などは既に相当裁判にももなったが、インターネットにおいて、言葉なり図形なりの新しい使用形態はこれからも様々なものが出てくると思われるので、どこまで商標権でカバーされるのかは考え出すとかなりやっかいである。恐らくこのジャンルでも悩みの種は尽きないだろう。)

 最後に、念のために書いておくと、エルマークはあくまで日本レコード協会所属のレコード会社と、その音楽配信サイトが何らかのライセンスを結んでいることを示すものに過ぎないので、どこまで行っても、エルマークのありなしはそのサイトのコンテンツが著作権法上適法に提供されたものか、違法に提供されたものかを示すクライテリアたり得ない。今のところ、レコード会社の自主的な取り組みに過ぎないので、あまり叩く気もしないのだが、このエルマークを見るにつけ、日本のレコード会社は本当に大丈夫かと心配になってしまう。何と言ってもマークにおける意味の識別性が低いので、一般ユーザーには恐らく一目でその意味が伝わらない。そのため、この商標は本来持つべき顧客誘引力を持ち得ず、正規サイトであれ不正サイトであれ、この商標を使用あるいは冒用するインセンティブは恐らく働かず、マークそのものの意味が急速に見失われていくのではないかと私は思う。結局、日本レコード協会のこの実験によって、ダウンロード違法化への道はますます遠のいたのではないかと私は感じている。

 さて、各省庁での政策検討が本格化するまでには、まだ少し余裕があると思うので、次回からは、また少し外国著作権法紹介のシリーズをやっておこうかと思う。

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