第58回:フィルタリング利権争奪戦の無様
携帯におけるサイトのフィルタリングをどうするかということが喧々囂々の大議論となっているが、そもそもインターネットでの情報利用にはリスクもあるので、このリスク回避のためのコスト・メリット市場も既にできており、その中でそれなりのバランスは取られて来ていたはずである。コストの方が過大にすぎることによってこの市場が失敗するようなら、政府による規制が必要とされることもあるだろうが、今のところフィルタリング市場が失敗しているという話も聞かない。競争原理によってきちんと発展が見込める分野においては、消費者・ユーザーの選択肢がつぶされないようにすることこそ重要なはずなので、フィルタリングに関する今のこの大騒ぎも、官民の役割分担が曖昧なこの日本で官が暴走したことから生じた無駄なコスト以外の何物でもないと私は考えている。
まず、確認のため、携帯電話におけるサイトのフィルタリングに関して、私の知っている限りで最近の流れをここに書いておくと、
・昨年12月10日:総務大臣が18歳未満の利用者へのフィルタリング原則導入を携帯電話事業者に要請(総務省の報道資料参照)
・1月10日:警察庁による、フィルタリングの義務化を含んだ出会い系サイト規制案のパブコメ募集(第50回参照)
・1月28日:内閣府がフィルタリングに関する印象操作調査を発表(発表資料参照。これに印象操作が含まれていることについては第54回に載せた警察庁へのパブコメ参照)
・1月29日:総務省が突然フィルタリングのホワイトリスト方式は好ましくないと言い出す。(cnetの記事、ITmediaの記事参照)
・2月5日:民主党が違法・有害情報の規制法案のたたき台案をまとめる。(マイコミジャーナルの記事参照)
・2月8日:自民党(首相)も有害サイト規制に前向きな姿勢を示す。(中日新聞の記事参照。そもそも具体的な被害を超えて、情報に毒されるという考え方がおかしいのだが、その話は次回に。)
・3~?月:自民党、民主党のそれぞれで有害サイト規制案を作る?
・4月:総務省の「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」でフィルタリングに関するとりまとめを予定。(恐らくこのとりまとめ前後にまたパブコメを出す機会があるのではないか。)
となるだろうか。
とにかく、官僚も議員もよってたかって無意味な有識者会議や規制案をバカみたいに沢山打ち上げ、国民の血税を無駄に浪費していることからして許し難いのだが、中でも、フィルタリングについて言を左右して世の中に無駄な混乱を巻き起こしている総務省の罪は特に重い。皆当たり前のように思ってしまっているのかも知れないが、このような根拠のない行政指導による規制は、規制の責任をさらに不明確にする最低のやり方だと思って良い。集客と健全化の両方にきちんと努力している真面目なサイト事業者まで規制で排除されてしまうのでは、一体何のためにやっているのかすら良く分からない。コミュニケーションはどんなサイトでも可能なのであり、無駄な規制はかえってモラルハザードを引き起こすだけである。第54回に載せた警察庁へのパブコメでも書いたことだが、この問題は、フィルタリングの存在を知り、かつ、フィルタリングの導入が必要だと思っていて、なお未成年にフィルタリングをかけられないとする親に対して、その理由を聞くか、あるいはフィルタリングをかけている親に対して、そのフィルタリングの問題を聞くかして、きちんと本当の問題点を示した上で議論されるべき話であり、一律のフィルタリング規制を正当化するに足る根拠は今のところ何一つ示されていないと私は考えている。
私自身はフィルタリングを原則化すること自体根拠がなく、また意味もないだろうと思っているが、フィルタリングの一律導入を前提とした上で、事業者が良いと認めたサイトのみにアクセスすることができるようにするホワイトリスト方式が良いか、事業者が悪いと認めたサイトにアクセスさせないようにするブラックリスト方式が良いかということも議論になっており、事業者と総務省の間の争点にもなっている。ここで、何故ホワイトリスト方式にこだわる事業者がいるかというと単純明快で、要するに、携帯電話が寡占業界であるため、ホワイトリスト方式の一律規制導入によってサイト運営事業者の囲い込みが正当化されるからである。未成年保護を言い訳に、行政指導をダシにして、囲い込みを正当化しようとする携帯電話事業者の姿勢にはあきれるばかりである。
役所にしたところで、著作権管理団体と結託して適法サイト認定をやろうとしている文化庁のやり口も、モバイルコンテンツフォーラムと結託して健全サイト認定を(ITmediaの記事やモバイルコンテンツフォーラムのHP参照。それにしても、このような健全サイト認定とブラックリスト方式推奨の整合をどう取るつもりなのか、総務省の考えは本当に理解しがたい。)やろうとしている総務省のやり口も、インターネットホットラインセンターと結託して出会い系サイト届出制をやろうとしている警察庁のやり口も、要するに役所・法律のレベルでインターネットサイトのホワイトリスト規制をやろうとする極めて悪質なものばかりである。これらは、未成年保護なり著作権保護なりを言い訳にして、検閲を正当化し、サイトの認定料からもたらされる利権を天下り団体に与え、自分たちの天下り利権の確保・強化をねらっているものとしか思えないのである。同じく無意味な規制強化案を打ち出してくる議員たちも同じ穴のムジナであろう。第46回の規制の一般論で書いた通り、問題があることのみを強調して規制を正当化する思考停止ロジックには一分の利もないのである。
そんな見え透いた手に引っかかるユーザー・消費者・国民はもはやいないというのに、このように政官業三つどもえになって無駄に利権を作ろうとし、取らぬ狸の利権争奪戦を行っている様は見苦しいとしか言いようがない。利権を作るためにどぶに捨てている社会的コストを、もっと地道な取り組みに振り向けなくてはいつまで経っても本当の問題解決はおぼつかない。フィルタリングに関してもその本当の問題がどこにあるのかということをまず明らかにしてから議論をしなければ何にもならない。利権を作りたいだけの無駄な規制で国益を毀損する権利など誰にもないのだ。
ついでに、ネットで見かけたニュースの紹介もしておこう。
まず、インターネットホットラインセンターの運営ガイドラインがパブコメにかかっているが、民間団体のパブコメとは一体何なのかさっぱり理解できない。自ら天下り半官検閲センターであることを白状しているに等しいこのような所行にはもはや二の句が継げない。
また、フランスでは、第29回で紹介した、著作権検閲法案の最初のテキストが、この2月5日に関係者の間に回されたとの記事があったので、念のため、リンクを張っておく。この記事の法案紹介によると、違法なファイル交換を行ったユーザーに、2回まで注意を行い、2回目の注意から6ヶ月以内にさらに違法行為を繰り返した場合、1ヶ月のインターネットへのアクセス禁止の罰を受けるようにすることをフランスは考えているらしい。このアクセス禁止期間は場合によっては1年まで伸ばされるが、ユーザーには裁判で事の是非を争うこともできるようにするらしい。この案はフランス文化通信大臣から、フランス国務院に渡され、2月末には国務院の意見が出されるようである。実際の運用を考えると無茶な法案であるが、また何か続報があれば紹介したいと思っている。
アメリカでも、知財保護強化法に対するヒアリングが行われているようで、やはり保護強化(アメリカの著作権法では、著作権登録によって、現実損害の賠償に代えて、現実損害額の証明なしで、取得できる損害賠償額を求めることのできる法定賠償請求権が発生する。そもそもこのような権利があること自体いかがなものかと思うが、改正法案ではこの法定賠償金額が莫大なものにはねあがる危険性が高い。)の強化に対する反対がユーザー企業などから出されているようである(ドイツ語の記事、提出されたテキスト。「パテントトロール」という言葉は良く見かけるが、記事のタイトルにもなっている「コピーライトトロール」という言葉は珍しいように思う。)
さて、次回は、今回の話と絡むこととして、情報リテラシーの話を書こうかと思っている。
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