« 第49回:「Old Culture First」 | トップページ | 第51回:インターネットの匿名性に関する誤解 »

2008年1月19日 (土)

第50回:インターネットでサイトの届出制を採用しようとする警察庁の狂気

 先日、警察庁から出されたネット規制案(ITmediaの記事internet watchの記事マイコミジャーナルの記事)にも私は唖然とした。知財政策とはもはや完全に関係なくなるので、このような問題を専門に追いかけているブロガーにまかせようかとも思ったが、あまりにも腹立たしいので、今回はこの話を取り上げる。

 第46回の「規制の一般論」では例をほとんどあげなかったが、この警察庁の規制案は、提示されている解決策がまるで問題の解決に結びつかない有害無益な規制の典型例である。

 その説明をする前に、出会い系サイトにより発生する問題を放置するべきだなどということを言いたいがために、この記事を書いているのではないとまず始めにはっきりと書いておく。この点が印象操作レトリックの対象となることは、第37回に書いた通りであるが、私が言いたいのは要するに、出会い系サイト問題に対する警察庁のアプローチは完全に間違っているというだけのことである。

 警察庁の規制案は、その「出会い系サイト等に係る児童の犯罪被害防止研究会」で検討されていたものであり、パブコメ(1月31日〆切)にかかっている報告書の要点は、以下の通りである。(これ以外の点についても突っ込みたいところは山ほどあるが、ここでは一番ポイントとなる部分のみを取り上げる。)

  1. 出会い系サイト事業は、都道府県公安委員会に対する届出制とする。
  2. 天下り半官検閲センターであるインターネット・ホットラインセンターに対し、公安委員会が届出がされた事業者についての情報提供を行う
  3. 違反者は行政処分の対象とする。罰則は警察庁が検討する。

 まず、警察の報告書が印象操作と論理破綻のオンパレードであることからして許し難いのだが、最初から書いていくと、まずインターネットにおける事業者の把握が困難なことと、届出制は全く結びつかない。事業者の把握が困難な理由としてあげられているのは、(1)警察が情報開示を求めても事業者が個人情報保護を理由に開示に応じない、(2)海外サーバを経由された場合、海外サーバ事業者等の協力を求めなくてはならないが、これは困難、(3)事業者が仲介業者を介して電気通信事業者と契約している場合、電気通信事業者の契約相手が出会い系サイト事業者と一致しない、という3点であるが、届出制を採用したところで、このような海外のサーバや仲介業者を使っているような悪質業者が完全に特定困難だとすれば、届出に対する違反の罰則すら適用不可能なはずであり、このような規制は全く悪質業者対策にならないはずである。

 報告書には、今の出会い系サイト規制法(「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律」)における「インターネット異性紹介事業」の定義は、犯罪の構成要件ともされるくらい厳格な要件であり、十分に明確であるとも書かれているが、その第2条の定義は、

異性交際(面識のない異性との交際をいう。以下同じ。)を希望する者(以下「異性交際希望者」という。)の求めに応じ、その異性交際に関する情報をインターネットを利用して公衆が閲覧することができる状態に置いてこれに伝達し、かつ、当該情報の伝達を受けた異性交際希望者が電子メールその他の電気通信(電気通信事業法 (昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号 に規定する電気通信をいう。以下同じ。)を利用して当該情報に係る異性交際希望者と相互に連絡することができるようにする役務を提供する事業

というに過ぎない。要するに、面識のない異性交際のためのやりとりを通信で可能とするような事業は全て含まれ得るのであって、それこそ、この定義なら、普通の掲示板・SNS・ブログやメールサービスですら入ってしまい得るだろう。第6条の不正誘引行為について刑罰が科されているにしても、児童を不正に誘引することをもって刑罰を科しているのであって、このことが上の定義が明確である理由とならないのは当たり前の話である。こんな初歩的な論理すら分からない警察に、私は公共の安全と秩序の維持をまかせておきたくない。

 そもそも、売春を誘いたいと思えば、電信柱にビラを貼ったって、駅の掲示板に書いたって、便所の壁に書いたってできるのである。だからと言って、電信柱を、駅の掲示板を、便所の壁を無くすべきだなどと言う人間がいるだろうか。繰り返しになるが、人間の行為から引き起こされる問題をコミュニケーションの場の所為にすることには、常に危険な論理のすり替えがあるのであって、このような規制は、そもそも最初からアプローチが完全に間違っているのである。

 また、何の取り締まり権限も削除要請権限もない単なる民間団体に、役所(公安委員会)へ届け出られた情報をそのまま垂れ流して、それで児童被害が防止できると言うなど、気が狂っているとしか思われない。このような取り締まりや削除要請はあくまで、法律によって制限を受ける権限に基づいて警察が行うべきものであり、きちんとそのような取り締まりや削除要請を行う人員を警察に確保しておけば良い話である

 また、罰則を警察庁で検討するとしているが、取り締まる側の人間が罰則を検討するのはデタラメも良いところである。もはや三権分立は建前すら守られていない

 要するに、この妄想ペーパーから浮かび上がってくるものは、届出制によって手に入れた情報を半官検閲センターであるインターネット・ホットラインセンターへ流して、ここを通じた不透明な行政指導を正当化し、大手出会い系サイト業者(しかもあるサイトが出会い系サイトかどうかの判断には常に恣意性が混じる)から無理矢理その天下り団体へテラ銭を巻き上げようとする警察官僚のあきれた姿であり、これは、警察庁もまた官僚組織の宿痾である腐敗に芯まで侵されていることをはっきりと示している。

 そもそも問題の多い中小の業者は、まず間違いなくこのような規制を無視して、海外サーバなりを経由して、一見出会い系サイトに見えない出会い系サイトの運営を始めるであろうことを考えると、結局、この規制案は社会的に何の役にも立たないどころか有害であり、単に天下り役人のタダ飯の種を増やすだけの最低の案であるとしか言いようがない。

(この報告書において売春防止法に対する言及が全くないことにもさらに不信感はつのる。その第5条にははっきりと、

「(勧誘等)
第5条  売春をする目的で、次の各号の一に該当する行為をした者は、六月以下の懲役又は一万円以下の罰金に処する。
一  公衆の目にふれるような方法で、人を売春の相手方となるように勧誘すること。
二  売春の相手方となるように勧誘するため、道路その他公共の場所で、人の身辺に立ちふさがり、又はつきまとうこと。
三  公衆の目にふれるような方法で客待ちをし、又は広告その他これに類似する方法により人を売春の相手方となるように誘引すること。 」

と書かれているのであって、年齢にかかわらず、それがインターネットであるかどうかにもかかわらず、全て公衆の目にふれるような方法で売春を誘う行為は既に刑罰の対象となっているのである。
 この警察庁のペーパーは、要するに、児童売春はダメだが、それ以外の売春は良いので、警察が管理するところでやりなさいということを言っているのだろうか。そんな癒着を考えているとしたら、こんな天下りセンターは、即刻「サイバーパトロール団体」ではなくて「サイバー赤線団体」とした方が良いだろう。)

 児童保護のために表現の自由を制限してサイトへの書き込みを削除して良い場合がある、すなわち、届出制によって付与された不透明な行政指導権限による検閲が正当化できるということではないということも指摘しておく。このような論理の飛躍は決して許されてはならない。

 警察の調査団体のおとりの書き込みに何百のレスがつこうと、それが売春誘引行為なり、児童に対する不正誘引行為なりであれば、その時点で既に犯罪なのであり、その書き込みがされたという事実をもって警察による削除要請や、書き込んだ者に対する取り締まりがなされるべき話であって、それ以上の話ではない。犯罪である以上、警察による捜査関係事項照会書や裁判所による差し押さえ令状の発行をきちんと行えば、プロバイダー等から情報開示がなされるのであり、この手続きを飛ばそうとする警察の怠慢あるいは不法は許されてはならない。売春行為・児童売春行為が大手を振って許されている国もないであろうから、海外サーバを経由している場合であっても、現地の警察ときちんと協力すれば取り締まりが可能なはずである。出会い系サイトの問題は日本だけの問題でもないであろうし、そのための相互協力を惜しむ国があるだろうか。このような地道な取り締まりに多少コストがかかろうと、それは社会的に正当なものであり、認められてしかるべきである。

 また、いくら誘引の書き込みがあろうと、所詮そこまでは単なる情報なのであって、売春行為の契機とはなっても、売春行為自体ではあり得ない。情報を受ける受け手が、行為の犯罪性と、ネットにおける情報利用のリスクをきちんと把握して売春行為を思いとどまれば、最後問題は発生しないはずである。法規制では最後、人と人とのコミュニケーションそのものを止めることは絶対にできない。無意味な規制は何も問題を解決せず、かえって事態を悪化させるだけである。既に現行法でもネット利用には十分過ぎるくらいのリスクがあることを含め、きちんとしたネットリテラシー教育を行うことが今本当に必要とされていることなのである。

(EUもコントロールよりリテラシー向上が重要と考えているらしいことは、第47回でも書いたが、警察庁自らまとめたのだろう「「出会い系サイト」に関する諸外国法制調査結果」を見ても、諸外国で、出会い系サイトの届出制を取っている国はない。これもまた官僚たちが自分たちに都合の良いときだけ、「国際潮流」を持ち出し、そうでないときは黙殺する好例である。)

 とにかく闇雲に天下り利権を強化したいだけの規制策を打ちしてくる日本の役所はどこも狂っているとしか思われず、全省庁に対する見張りの目が必要であるのは言うまでもないが、特に、警察は、その根拠法である警察法に、はっきりと以下のように書かれているだけに、この日本の役所全体を覆う狂気の病根の深さに私は背筋が寒くなるのを覚える。

「第2条 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
2 警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。」

 役人たちに世の中に害悪を垂れ流してムダ飯を食わせるために、私は国に税金を払っているのではない。腹立たしい限りであり、一国民として言うべきことは言っておかなければならない。さらに考えをまとめた上で、私はこのパブコメも出すつもりである。

 ついで(といっても何故こちらを「ついで」にしなければならないのか良く分からないが)に、17日に開催された私的録音録画小委員会が記事(ITproの記事ITmediaの記事)になっているので、念のため、ここにそのリンクを張っておく。記事によると、相変わらず、ユーザー・消費者軽視の検討が続けられているようであるが、補償金の多寡・有無を権利者の意思という曖昧なもののみによって決めてはならないし、コピーワンスにせよ、ダビング10にせよ、DRMで消費者の利便性を不当に制限した上で、さらに補償金を賦課するなど不当の極みである。記事で触れられている小泉委員、野原委員、河村委員の意見は極めて正しい。私的録音録画補償金問題もここまできた以上中途半端な妥協は許されない。今後もさらに、補償金の意味が徹底的に洗い直されることを私は期待する。補償金問題は、ITmediaの記事にあるような3枚紙程度で片付くような生やさしい問題では決してない。著作権戦争に終わりはないのだ。

 また少し知財政策とはずれてしまうが、ネット規制の問題と絡む話で、次回はネットの匿名性の話を取り上げたいと思っている。

|

« 第49回:「Old Culture First」 | トップページ | 第51回:インターネットの匿名性に関する誤解 »

規制一般」カテゴリの記事

警察庁・内閣府・内閣官房(知財本部除く)」カテゴリの記事

コメント

「天下り半官検閲センターであるインターネット・ホットラインセンター」とありますが、運営主体であるインターネット協会の役員・顧問名簿、評議員名簿を見ても警察庁関係者の名前を発見することができませんでした。私には同センターにおける「天下り」の実態がよくわからないので、ご存じの情報を教えていただけないでしょうか?また、「大手出会い系サイト業者(しかもあるサイトが出会い系サイトかどうかの判断には常に恣意性が混じる)から無理矢理この天下り団体へテラ銭を巻き上げようとする」ともありますが、具体的にどのようにテラ銭を巻き上げようとしているのかイメージできないものですから、申し訳ないですが、もう少し詳しく具体的に教えていただけると助かります。よろしくお願いします。

投稿: | 2008年1月19日 (土) 08時06分

寺銭をどう巻き上げるかは「パチンコ 警察 天下り」キーワードで検索すれば幾らでも出てきますので。「免許 警察 天下り」でも可。

投稿: 上の名無しさんへ | 2008年1月19日 (土) 15時26分

今回はパチンコの話ではありません。妄想で語っていても説得力はないですよ。具体性を持って語らないと。

投稿: | 2008年1月19日 (土) 22時13分

皆様、トラックバック・コメントありがとうございます。

インターネットホットラインセンターについては、情報開示が不十分で良く分からないところも多いのですが、wikiなどに書かれていることによると、警察庁からの受託金収入で運営されているようで、まず間違いなく天下り団体として機能しているのではないかと思います。しかも、これが、広く情報収集をして警察に通報する団体であり、実際にその情報の削除や取り締まりに動くのは警察だというのなら、まだ分かるのですが、一民間団体が有害情報を収集して、直接削除要請などをしているというのは訳が分かりません。単なる一民間団体で、しかもこの団体に直接害が及んでいる訳でもありませんから、個人情報や表現の自由などを理由に断られるのは当たり前です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC

また、利権の作り方としては、まずは、インターネットホットラインセンター自体にみかじめ料を出させることも考えるのではないかと思いますが、ネットで天下りの実態などを調べても、許認可権を手に入れた後は、この許認可権を盾に、業界の大手なり、業界団体なりに天下りポストを押しつけるのが、役所のセオリーなので、そうするつもりもあるのではないかと思います。このような考えは間違っていて欲しいと心から思っていますが、世の中の動きを見ているとどうしてもそうとしか思われないのが残念でなりません。

投稿: 兎園 | 2008年1月19日 (土) 22時42分

とりあえず警察庁にパブコメ送ったのですが、なんつうか表現の自由とか侵害することもやむを得ない、みたいな空気が政治家や省庁全体に蔓延してるみたいで嫌なものです。
私自身は出会い系サイトは全く使ったことがないのですが、今回の警察みたいに露骨なのは流石に黙ってはいられませんね・・・
他の省庁はそれでも文面を見る限り、色々なところに配慮してる気配があるのですが、警察はなんというかそういったものが色々と欠落していると感じさせられましたね。

投稿: | 2008年1月21日 (月) 15時04分

 初めまして表現規制反対派を名乗っている人でも出会い系規制なら賛成とかほざいてる人が多いので嘆かわしいです。
  これもネット規制に利用されるだけです。

 自分も明日中に意見を送る予定です。

投稿: manhunt最高 | 2008年1月28日 (月) 09時05分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第50回:インターネットでサイトの届出制を採用しようとする警察庁の狂気:

» 警察庁が新しい利権団体を作ろうとしているようです [MAL Antenna]
話題は知りつつも、少し詳しく見てみると、またもとんでもない規制を作ろうとしている [続きを読む]

受信: 2008年1月19日 (土) 01時33分

» 野田聖子ひつこすぎ [チラシの裏(3周目)]
岐阜1区は野田氏公認へ 自民、佐藤氏は国替え 郵政で一度自民辞めたにも関わらず恥知らずにも戻ってきて挙句の果てに懲りずに亡霊のごとくまた選挙に出るようです。 このババア、言わずもかなアニメや漫画等を弾圧しまくり、また今でも同じ事を言っているので岐阜の方は全力で落とすように他の候補の方に票をいれてくださればありがたいです。 少なくとも規制云々だけに関わらず郵政の件ですら筋すら通さないこんな人に議員をやる資格すらないと思いますよ。 そもそも一度裏切ったこんなババアを擁立する時点で自民と言... [続きを読む]

受信: 2008年1月19日 (土) 03時30分

» 多分このまま過激な規制が進めば禁酒法並にやばい世の中になるよ [チラシの裏(3周目)]
しかしここ最近児ポ法関連多すぎだって; 他の規制みても以下に「健全化」の名の下に規制を推し進めようとしてるかわかるなぁ; 2008/02/29-09:02 出会い系の規制強化=事業者に届け出制-改正法案を閣議決定・政府 問題点としてはコレドコまでを出会い系にするということとコレをやる事自体実質的な検閲にかかってしまう事。 BBSやSNSとかまで含まれるようならそれこそ言論とかその手の弾圧にも関わってくるわけですし、それこそ携帯フィルタリングと同じような問題点を孕んでいるといってもいい代物... [続きを読む]

受信: 2008年3月 1日 (土) 19時01分

« 第49回:「Old Culture First」 | トップページ | 第51回:インターネットの匿名性に関する誤解 »