第53回:特許法・意匠法・商標法・不正競争防止法等々に関する動き
著作権法以外の知的財産権法は、制度ユーザーである実務家にとってはそれなりに大きな問題を抱えているのだろうが、一般ユーザーに直接の影響はあまりなく、何と言っても著作権問題があまりに大きいため、取り上げる余裕がさっぱりなかった。しかし、折角、ブログ名に知財政策と掲げているのだから、他の知的財産権法に関する動きも一通り紹介しておきたいと思う。著作権法と同じく、これらの法律でも、法律に対応する専門の役所の審議会があり、やはりそこで何故か法改正が検討されている。
まず、特許法については、経済産業省の産業構造審議会・知的財産政策部会・特許制度小委員会で検討がされている。HPで見られる最新の回(第24回:平成19年12月19日)の「特許政策を巡る最近の動向について」という資料が最近の動向を見る上で分かりやすいのではないかと思う。特許権は、出願・審査・登録をしない限り権利が発生せず(出願料・審査料・登録料が必要)、基本的に権利の及ぶ範囲も、業として特許を実施する場合に限られるので、著作権と違って、一般ユーザーに直接響く話が検討されるということはほとんどない。しかし、このような登録制度と、登録制度を前提とした強力な過失推定規定の存在のために、制度の違いによる加重コストの発生と、制度による先進国と発展途上国との間の格差の拡大が問題になっていることだけは知っておいても損はないかも知れない。著作権法ほどではないが、これもまた終わりのない大問題である。
意匠法については、同じく、経産省の産業構造審議会・知的財産政策部会・意匠制度小委員会で検討されている。HPで見られる最新の回(第11回:平成20年1月22日)の資料から、「意匠政策を巡る最近の動向について」にリンクを張っておく。商標法に対応するのは、産業構造審議会・知的財産政策部会・商標制度小委員会で、これも「商標政策を巡る最近の動向について」(第18回:平成19年12月18日の資料)へリンクを張っておく。
意匠や商標も、登録制度を取っている以上、特許と同じ問題を抱えるはずなのだが、特許ほどの問題になっていないことがこれらの概要資料だけを見ても分かるのではないかと思う。特許の場合だと、医薬特許の問題から影響が生命にまで及ぶが、意匠・商標が保護するのは基本的に有体物の外形・模様(デザイン、トレードマーク)であるため生命にまで及ぶ話ではないこと、外形・模様である以上そのセンスにはどうしても国民性が出てくること、よほどの大企業でない限り世界商標など必要ないことなどから、意匠権や商標権はドメスティックな色彩がかなり強くなっているためだろう。ただし、特許とは違い、意匠・商標は、デザインやマークそのもの情報化により、著作権と似通った問題を抱えて行くことになるだろうとも思われる。
また、各法の通常実施権登録制度を見直すこともほぼ決まっているようであり、このようなマニアックな話にまで興味があるなら、「「特許権等の活用を促進するための通常実施権等の登録制度の見直しについて」の概要」、「意匠法上の通常実施権等の登録制度の見直しについて(案)」、「商標法上の通常使用権等の登録制度の見直しについて(案)」などを見てみるのも面白いかも知れない。その他料金体系などの見直しなどもされるようであるが、一般ユーザーにはあまり関係ないので、ここではそんな話もあるという紹介だけにしておく。
また、不正競争防止法に近いところでは、同じく経産省で検討されている技術流出防止問題があり、この前ネット記事(日経ネットの記事、読売新聞の記事、asahi.comの記事)でも産業スパイ法を新法として作る検討を経産省で始めると報道されていた。新法は「情報の窃盗罪」を規定し、社内のネットワーク内にある秘密情報に権限のない社員が接続し、CD―ROMなどに情報をコピーしたり、電子メールで私用パソコンに送ったりすれば、第三者への情報流出を確認できなくても、それだけで違反行為とみなす方針らしいが、ネットワークに不正にアクセスした場合は今でも不正アクセス防止法(正式名称:不正アクセス行為の禁止等に関する法律)違反で取り締まりが可能であることを、また、不正競争防止法でも、不正の競争の目的で、不正アクセスなどにより営業秘密記録媒体等を取得・複製した者は、それだけで取り締まりが可能となっていることを経産省は理解しているのだろうか。情報漏洩を気にするばかりに、通常の仕事のメールのやりとりまで規制されるような法律にされてもかなわない。
(窃盗罪が通常ではCD-ROMの盤にしかかからないのもそれ自体では当たり前の話である。情報そのものには排他性がないので、情報の価値は常に相対的にしか決まらないということを忘れてはならない。CD-ROMにどんなに秘密情報が書き込まれていようと、それがこの情報を利用可能な競業他社に渡らない限り、どこまで行っても単なるCD-ROMでしかないし、情報漏洩による損害は発生していない。無体物と有体物とのアナロジーは必ず危険な論理飛躍をもたらすので、常に注意が必要である。)
産業スパイ法もまた、最近の役所にありがちな立法のための立法でないかというのが私の本質的な疑いだが、まだ海のものとも山のものともつかないので、これ以上言っても詮ない話である。(それにしても、この問題を検討していたはずの、産業構造審議会・知的財産政策部会・技術情報の保護等の在り方に関する小委員会(第1回議事要旨、第1回資料、第2回議事要旨、第2回資料、第3回議事要旨)を見ても、どこから新法という話が出てきたのかよく分からないのはどうにかならないものか。)
なお、この問題の中で、秘密特許制度の検討も一緒にされるようなので、特許マニアは要注目である。
種苗法については、農水省の「植物新品種の保護の強化及び活用の促進に関する検討会」で過去検討されていたようであるが、今は動いていないようである。半導体集積回路法(正式名称:半導体集積回路の回路配置に関する法律)についても特に表立った動きは見られない。
著作権法と上にあげたもので知財法と呼ばれるものは大体網羅したと思うが、あとは知財政策全体について、無論、知財本部での検討がある。HPからは、今一番の大問題である著作権問題に関するものとして、コンテンツ・日本ブランド専門調査会・コンテンツ企画ワーキンググループの最新の回(第3回:12月4日)の資料から「優れたコンテンツの創造と海外展開について」へリンクを張っておく。今日の日経朝刊にも載っていたが、2月1日に開催されるこの企画ワーキングで「デジタル時代におけるコンテンツ振興のための総合的な方策(案)」なる報告書がとりまとめられるようである。募集がかかり次第知財本部にもパブコメを出したいと思っているが、国民不在のまま著作権法改正を進めようとする文化庁に知財本部がさらに荷担しないことを切に願う。
さらには、特許庁で、「イノベーションと知財政策に関する研究会」なるものが開催され、その検討課題に対する意見募集がかけられている。これもとりあえず問題となりそうなことが漠然と並べてあるだけで、いまいち何をしたいのだか良く分からないのだが、船頭を増やしてもロクなことはない、特許庁も他省庁と一緒になって山を登ることがないように切に願っている。
そもそも、知財関係だけで何でこんなに沢山有識者会議を作らなくてはならないのかさっぱり分からないが、文句を書き出すと切りがなくなるので、日本の役所についてはこれくらいにして、他の知財関係のニュースを拾って行く。
日本一の知財法の権威である、中山信弘先生最終講義の記事がITproに載っているので、念のため、ここにも記事へのリンクを張っておきたいと思う。中山先生が退官されるのは本当に残念でならないが、是非、跡を継ぐであろう法学者の先生方には、この講義にもあるように、体系的な法学研究をしてもらいたいと思う。最近の日本アカデミズムに中山先生ほどの大局観をもった法学者が見つからないことも、今の政策の迷走の一因となっているに違いないのだから。
また、いくつか著作権に関する国際動向についてのニュースも紹介しておく。まず、フランスでは、携帯電話に対する補償金賦課の検討において、機器メーカー代表へのヒアリングが行われたようである(フランス語のネット記事参照)。しかし、記事によると、当然のことながら、メーカーは、そもそも携帯電話は音楽を聞くために使われるものではなく、携帯電話がどれくらい補償が必要な音楽データの蓄積に使われているのかをまず調査すべきであると課金に反対し、著作権団体は、iPodが課金されているのに、iPhoneが課金されないのはおかしいと問答無用の課金を主張しているようである。日本でもiPodへの課金を認めた途端に、権利者団体が全く同じ主張で携帯電話(日本でも同じくiPhoneが発売された時点で絶対に問題になるだろう)等の汎用機器への対象拡大を求めてくることは目に見えている。混乱に次ぐ混乱をもたらすために法律はあるのではない。フランスの状況は、現時点でiPodへの課金を日本で絶対に認めてはならない理由を明確に示してくれている。
フランスのネット記事によると、フランスでは、裁判で、IPアドレスからユーザーを特定する情報は個人情報であり、インターネットサービスプロバイダから著作権企業にこの情報を開示をさせるべきではないとする判決が出されたようであり、スイスでは、IPアドレスそのものが個人情報であり、ユーザーが知らない内に一民間企業がこれを集めることからして通信の秘密に反し違法であるため、この収集行為を止めよとの勧告(フランス語)が、政府からメディア企業に出されたようである。(このIPアドレスは個人情報かという話も、個人的に考えをまとめてみたいと思っているところである。)
「P2Pとかその辺の話」で既に紹介されているが、さらに、EU委員会で、レコードに関する著作権保護期間延長とインターネットサービスプロバイダーへの著作権フィルタリングの強制の提案が否決されたようであること(英語の記事1、記事2)を、ここでも念のため紹介しておく。
文化庁はこのような動きを紹介しないかも知れないが、あまりにもえげつない著作権団体・著作権企業のやり口に対してヨーロッパでも逆風が吹き始めていることは、注目に値する。だが、国際レコード・ビデオ製作者連盟(IFPI)のデジタル音楽レポート2008年(IFPIの記事、レポート本体)で、フランスの著作権検閲の取り組み(第29回、第30回参照)を評価し、さらにインターネットにおける著作権保護強化を求めていることを見ても、この程度の逆風で著作権業界が保護強化をあきらめる訳がないことは明白である。著作権戦争に終わりはない。
次回は、著作権問題と文化政策についての個人的な考えをまた書いてみたいと思っている。
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