第39回:文化庁の暴挙に対する反旗
先日、文化庁では私的録音録画小委員会が開催され、ネットでは多くの記事(ITmediaの記事1、記事2、記事3、internet watchの記事1、記事2、日経TechOnの記事)になっている。これらの記事に書かれている、ダウンロード違法化を一方的に不可避とする文化庁のあまりの暴挙に私は唖然とした。
既に様々なブログや掲示板で批判の嵐が吹き荒れているるが、この暴挙に対しては、例え小さなものでも反旗は一つでも多くあげなくておかなければならない。文化庁は行政として絶対にしてはならないことをしたのだ。
私もまず記事にかかれているダウンロード違法化に関する各委員と文化庁の発言を簡単にまとめてから、文化庁の暴挙を批判する。(以下は、私が各記事から勝手にまとめたものであることをお断りしておく。強調も私がつけたもの。正確な内容については、上のリンク先の記事をご覧頂きたい。)
・「ダウンロード違法化に反対したパブリックコメントの結果を、重く受け止めてほしい。そもそも、改正の必要性を感じない。違法ダウンロードをさせろとは言っていない。ネット上に安価で、カタログがそろった状態で、危険もない正規品があるなら、消費者はそれを選ぶはずだ。日本の権利者は、やることもやらずに、権利だけを強化してくれと言っているように見える。そこが消費者との溝を生む。今は過渡期で、例えばレコード会社がDRMフリーで音楽配信するなど、さまざまな試行錯誤が行われている。どういった形態がうまくいくかは市場の評価が決めること。コピーワンスやCCCDもそうだが、『著作権保護を強化し、ユーザーに対する規制を強めようという流れが強くなれば、ユーザー側は『じゃあ音楽を買わない』『TVも見ない』という方向になると思うがそれでいいのか。」(IT・音楽ジャーナリスト・津田委員)
・「国際条約や先進諸国の動向を見ても、ダウンロードは違法化すべきというが、『国際的潮流』というのは危険なキーワードである。」(IT・音楽ジャーナリスト・津田委員)
・「パブリックコメントの結果、圧倒的多数が反対だった。それだけの意見が集まった事実がありながら、『それはそれとして』と簡単に進めていいのか。反対意見の数を受け止め、反対した人にも納得してもらえる説明できるようにすべき。疑わしきは権利者の利益に、という方向に議論が流れてきた。行政が消費者保護に力を入れる中、著作権法制は文化と関係あるからといって消費者をないがしろにするのは、公正性・透明性にも欠けている。違法アップロードを取り締まり、権利者はビジネスで戦うべき。」(主婦連合会・河村委員)
・「古い法律でがんじがらめになっていては、新しいビジネスが生まれないのではないか。今は『違法かもしれない』サービスが将来のビジネスを生む可能性がある過渡期。古い法律の規制が行きすぎることは避けなくてはならない。」(イプシ・マーケティング研究所社長・野原委員)
・「このような委員会はその時点の関係者、つまり、今現在被害をこうむるかもしれない人でのみ構成されているために、どうしても近視眼的な議論になる。」(イプシ・マーケティング研究所社長・野原委員)
・「日本の音楽配信は、世界第2位のマーケット。モバイルが圧倒的にシェアが高いが、決して権利者側が配信に後ろ向きなわけではない。ネット上での違法流通は、日本国内でも中国の海賊版と同じぐらいひどい状況。このままではレコード業界のビジネスが立ちゆかなくなる。」(レコード協会・生野委員)
・「著作権は小さな権利で、保護の体制全体が心許ない。消費者は、一部の豊かな権利者を見て、われわれが権利の上で豊かな生活をしていると誤解しているかもしれないが、われわれも一般消費者と変わらない立場。もっと保護してもらいたい。保護されたからといって、それに甘んじてスポイルされることはない。」(日本音楽作家団体協議会・小六委員)
・「米国の調査会社の2005年に、映画の海賊版被害が日米でそれぞれ、年間400億円あるという試算を出した。動画共有サイト流行前の当時ですらそうなのだから、今は増えているだろう。海賊版駆逐の王道は、海賊版とあまり変わらない価格で、正規品と同じ経路で流通させることだが、ネットでは正規品が流通しない。ネットはダークサイドで、全く別世界。違法アップローダーとビジネス上での競争などしたくはない。」(日本映画製作者連盟・華頂尚隆委員)
・「一番大事なのは利用者の保護だが、違法サイトからのダウンロードを違法にすることで、国民の意識は変化するだろう。『情を知って』という言葉も入るし、刑事罰もない。一般のユーザーはそれほどひどい目には遭わないだろう。」(中山主査)
・「意見募集に多くの反対意見が集まったことは重く受け止めているが、第30条の見直しは諸般の事情から避けられない。具体的な被害額に結びつくかどうかという点には異論はあるだろうが、(1)違法サイトからのダウンロードで、正規品ダウンロード市場を凌駕する規模の流通が行われ、権利者が経済的不利益をこうむっている、(2)P2Pファイル交換ソフトによる違法配信は、アップロードしたユーザーの特定が難しい場合があり、送信可能化権だけでは十分に対応できない、(3)国際条約や先進諸国の動向を見ても、ダウンロードは違法化すべきである。」(文化庁)
・「ユーザーの意見を無視したわけではない。ネットからの意見も踏まえたつもりだ。『違法サイトと知らずにダウンロードしてしまった場合、無意識に法を犯してしまうのでは』などといった不安は、十分理解できる。ユーザーの不利益にならないような制度設計をする。具体的には、刑事罰を付けない、法の執行は違法複製物であると知ったうえで利用した場合に限る、法改正内容の周知徹底、権利者が許諾したサイトの情報提供、警告・執行の手順に関する周知徹底、相談窓口の設置等を推進する。権利者も政府も汗をかいて努力し、合法サイトを簡単に見分けることができる仕組み作りをする。仮に、権利者が違法サイトからダウンロードしたユーザーに対して民事訴訟をするとしても、立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上、利用者に警告した上で、それでも違法行為が続けば法的措置に踏み切ることになる。ユーザーが著しく不安定な立場に置かれることはない。」(文化庁)
・「違法アップロードしているユーザーに対して、日本レコード協会などが警告すると、9割がアップロードをやめるといったことや、P2Pファイル交換ソフトの利用していた人が利用をやめた理由について、26.4%が『著作権侵害を避けるため』と答えたといったことを踏まえると、カジュアルな権利侵害の大半はこれで無くせると思う。」(文化庁)
・「キャッシュの扱いについて議論した著作権分科会の今年1月の報告書などを踏まえ、必要に応じて法改正すれば問題ないのではないか。」(文化庁)
上の概要を読んで頂いただけでも分かると思うが、文化庁の事務方の発言はひどすぎる。1800の非テンプレ意見を含む7500件のパブコメの論点整理はどうしたのか。審議会の委員の発言もパブコメで出された意見も全て無視して、勝手に法改正の方針を示すとは一体何様のつもりか。
ダウンロード違法化の根拠にしても、具体的な被害額に結びつくかどうかという点に異論があるとしながら、何故経済的不利益が大きいと断言できるのか、違法アップロードユーザーに対して警告すれば9割がアップロードを止めるとしながら、何故送信可能化だけでは対応できないと断言できるのか、国際条約にダウンロードを明確に違法化すべきと書いている訳でもなく、国際的に見てもダウンロードを違法化している国は決して多くなく(現にスイスの今年の法改正でもダウンロードの違法化は入っていない)、ダウンロードを違法化したことによって社会的混乱を招いている国もあるほどだということを無視して、何故勝手にダウンロード違法化を国際的潮流と決めつけられるのか、全て論理が破綻しているとしか言いようがない。文化庁の役人の辞書に「論理」とか「理性」とかいった文字はないと見える。
ユーザー保護に関しても、ダウンロードに関しては、その行為に1個人しか絡まないので、エスパーでも無い限り、「情を知って」の要件は証明も反証もできないことを忘れてはならない。文化庁がユーザー保護策と称する施策には、合法サイト認定という裏返しの違法サイト認定でネットを規制したいという思惑しか見えない。パブコメの詳細は公になっていないので良くは分からないが、日本を超えて全世界のユーザーが自由にアクセス可能なインターネットで、そのような国内の権利者団体のみを利する規制が不合理極まりないものであるということを多くのパブコメは主張していたのではないか。合法サイト認定機関か団体でも作って天下り先を増やしたいとでも考えているのかも知れないが、そんなことがこのご時世で通ると本気で思っているバカな官僚に行政官の資格はない。いわんや行政の立場を超え、民意を無視して、立法を語るなど言語道断、外道の所行である。
そして、警告状と架空請求に大した違いはなく、警告状を装った架空請求は確実に増えるだろう。警告状にしても、それが正当なものであるかどうかは、最後、「情を知って」という証明不能の要件にしかかかりようがなく、実務の話がユーザー保護になるなどということもあり得ない。法改正はまず間違いなく社会的混乱をもたらすだけである。
キャッシュについても、不安に思う声が極めて強いのであるから、まずこちらの法改正を先に議論してから、さらに必要であれば、ダウンロード違法化について議論するのがスジであろう。全く論理が逆転しており、これだけ取っても、ユーザーを完全に無視していることは明らかである。
ダウンロード違法化の問題は、罰則が無ければ大した影響はないから良いとかそういう問題ではない。行政で立法の議論をすることには違和感しかないが、そこを100万歩譲っても、いやしくも立法を議論する以上、一般国民のコモンセンスに反する法律、守られようがない法律は百害あって一利ないという法哲学の初歩は知っていてもらいたい。どんな法律であれ、作ればその通りに国民が動くなどと考えるのは、今までの法の歴史を無視した為政者気取りの傲慢である。
罰則があろうとなかろうと、技術的・外形的に違法性の区別がつかない以上、ダウンロード違法化は法規範としての力すら持ち得ない。このような法改正を押し通せば、結局、ダウンロード以外も含め著作権法全体に対するモラルハザードがさらに進行するだけであり、これを逆にねじ曲げてエンフォースしようとすれば、著作権検閲という日本国として最低最悪の手段に突き進む恐れしかない。どう転ぼうが、ダウンロード違法化は百害あって一利ない最低の法改正であることはいくら繰り返しても繰り返しすぎではない。
ユーザー・消費者代表である津田氏、河村氏、野原氏の意見は極めて正しい。諸氏には文化庁の暴虐にもめげず、今期の審議が終わるまで是非引き続き頑張ってもらいたいと思うが、文化庁は、これらの審議会委員の意見も、パブコメに示された民意も踏みにじり、自らの利権を守るためにのみ勝手に法改正の方針を示すという行政としてやってはならない暴挙に踏み切った。文化庁は全国民の顔に泥を塗りつけたのだ。文化庁が小学生すら騙せないような屁理屈で法案提出をしかけてくるのであれば、今度は立法府が舞台である。日本国民は馬鹿ではない。文化庁よ、国民を舐めるな。
なお、権利者団体側の意見についてだが、権利者側は配信に後ろ向きでもなかろうが、前向きとも思われない。違法アップローダーとビジネス上での競争などしたくはないというが、権利者側が、正規品として、DRMでがちがちの不便なコンテンツを、他の流通に対する思いやりコストも含めた不当に高い値段でしか流通させないようでは、ネットでの不正流通が無くなる日は永遠に来ない。また、著作権のような極めて強い権利を持ちながら、もっと保護してもらいたいと言えば保護してもらえると思っていること自体、スポイルされていると自ら告白しているに等しい。
補償金についても、コンテンツの複製回数を、DRMによって完全にコントロールできれば、補償金は不要になるという未来を文化庁が示したらしいが、これもこれだけでは全く評価できない。津田委員の言うように、DRMと契約で複製回数までガチガチにするか、補償金を残すかの二者択一になる未来は全くユーザーにとって好ましいものではなく、河村委員が言うように、補償金がなくなる=30条で定められた私的複製の範囲がなくなるという交換条件も消費者の権利を無視した暴論である。
ホームユースの録音録画機器の登場によって危殆に瀕した「複製=対価」の概念を、文化庁と利権団体は十数年前、補償金という不合理な発明によってどうにか救った訳であるが、インターネットというコストのほとんどかからない流通手段の登場によって、この概念は完全に崩壊したのである。文化庁と利権団体がいかに足掻こうが、覆水を盆に返すことはできない。後何年、何十年かかるか分からないが、この「複製権」のドグマを乗り越えることこそ、今後の著作権法に課せられた使命であることを私は信じて疑わない。
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コメント
まさに暴挙ですね。この程度のレベルの知能の方々が文化庁として日本の文化を扱うことは危険極まりない。文化庁どれ自体や業務内容の根底からの見直しは急務ですね。
投稿: UT | 2007年12月22日 (土) 19時34分