第32回:著作権保護技術(DRM:Digital Rights Management技術)の現状
DRMに関する法規制についての話をする前に、今回はその前提となるDRM技術の現状について調べたことをまとめておきたいと思う。(今回からしばらくの内容については、平成18年1月の著作権文化会報告書や私的録音録画小委員会に提出されたJEITAの資料、HP「コピーガード情報へようこそ:コピーガードって何?」、wikipedia「コピーガード」などを参考にさせてもらった。)
実際のところ、日本、欧州、アメリカのほとんどの国でDRM回避規制は著作権法(日本の場合は著作権法と不正競争防止法の両方)に入ってしまっているが、DRM技術自体は、法規制とはあまり関係なく、ほぼ、新しい保護技術の開発→クラッカーによる解除技術の開発→解除技術のカジュアル化→新しい保護技術の開発といういたちごっこのみによって動いている。(このことからして、そもそもDRMに関する法的規制の実効性について疑問に思うのだが、その話は次回以降に書くとしよう。)
まず、DRM技術は大体コピーコントロールとアクセスコントロールに分けられるとされている。(映像を対象とするものと音楽を対象とするものと言った分け方もできるが、法規制の話をするときには、このような分け方にした方が良いので、このように分けておく。)
(1)コピーコントロール
まずコピーコントロールは、主として、コピーを制御するためのフラグを出力信号に付加し、録音録画機器がこれに対応する動作をすることでコピー制御を行うものである。
主なものには以下のようなものがある。
・SCMS(Serial Copy Management System):
音楽CDからMDへのコピーに用いられている、デジタル方式の複製を一世代のみ可能とする技術である。MDにはこのSCMS信号を書き込むところがあるため、音楽CDからコピーされたMDからは、それ以上のコピーができない。
そして、どうやら、著作権分科会 国際小委員会(第3回)議事録での委員の以下のような発言によると、このSCMSは通産省の行政指導により、まずDATに搭載されることになったものらしい。
「私が1つ記憶しているのは、大分昔になりますけれども、DAT、デジタル・オーディオ・テープレコーダーを売り出すときに、今で言うDRM、コピープロテクションをどうするかが非常に問題になり、権利者と業界でもめ続けて、いつまでたってもDATを売り出すことができないという状況になって非常に困ったことがあります。
そのときに、多分、見るに見かねてと思うのですが、経済産業省、当時の通産省が中に入り、最後は局長名のお手紙が出ました。日本の主要な家電メーカーに対してです。要するに行政指導です。日本においてオーディオ機器を今後発売するためには、SCMSを搭載することを推奨するという内容のレターが出ました。それを受けたメーカーはSCMSを搭載しない限り、物はつくらない、売らないということになったというのが、私が理解している事実であります。」
しかし、この発言通りのことがあったとすると、これは実に奇妙な行政指導である。当時、既に他の録音機器もあり、私的複製の権利制限がなかったという訳でもないであろうから、メーカーがDATを販売するのに際して、役所や権利者の許可がないと売れなかったということが私には理解できない。今のインターネットに対する嫌悪感と同じく、デジタル複製に対する権利者の嫌悪感が当時先に立ったのかも知れないが、今から思えばバカバカしい話である。
以下で述べるアクセスコントロールと組み合わせた技術ではないので、SCMSを破ることは容易だろうが、CDからMP3データへの直接録音が可能となってしまっている現在、MDからの再コピーに需要はなく、わざわざSCMS破りをしている者はほとんどいないのではないかと思われる。(なお、SCMSはデータを受ける側の録音機器のみで対応するため、CDからのMP3データへの直接録音はSCMSを回避していることにはならない。)
・CGMS(Copy Generation Management System):
DVHSやDVDレコーダーなどに用いられている、出力信号にコピー制御信号を付加することで、デジタル複製を「複製禁止」、「一世代のみ複製可能」、「複製自由」の3通りに抑制する技術である。
出力がCGMSで複製禁止にされている場合、デジタル機器(DVHSやDVDレコーダなど)で録画しようとしても、自動的に停止するなどして録画できないが、VHSなどのアナログ機器は影響を受けない。(地上デジタル放送でもコピーワンスの維持のためにアナログ出力などにこのCGMSが使われている。)
このCGMSはそもそも暗号化できないアナログ信号に信号を付加しているだけなので、解除は比較的容易である。(それなりに知識があれば、自分でコピー制御信号を除去する回路などを組めるだろうし、アングラなものとなるが、コピー信号除去機器を比較的容易に手に入れることもできる。)しかし、回避機器がアングラなものとなっていることもあり、比較的技術的なことに詳しいユーザーが手を出しているくらいだろう。
何にせよ、このように初期の規格でコピー制御信号をこの3種類としてしまったことが後々まで響いていて、結局過去との互換性を問題にする限り、これ以外のコピー制御はやりようがない。そのため、コピーワンスの検討で出てきた「ダビング10」も実にトリッキーな規格となっている。つまり、アナログ出力のデジタルコピーについては「一世代のみ複製可能」とせざるを得ず、オリジナルコピーがHDDにある限り、アナログ出力のデジタルコピーはいくつでもできるようにせざるを得なくなっているのである。
なお、どうしてCGMSがほぼ全ての録画機器に搭載されているのかの理由はよく分からなかった。行政指導があったという情報も探し出せなかったので、コンテンツ業界とメーカーの間の自主規制なのだろう。
・マクロビジョン:
マクロビジョンは、映画のビデオテープなどに用いられ、複製をしても鑑賞に堪えられないような乱れた画像とする技術であるが、原理的には録画時の明るさを自動調整する機能を誤動作させる信号を出力信号に付加するものなので、これも信号付加型のコピーコントロールの一種であると考えて良いだろう。(法律との関係は次回に。)
このマクロビジョンもアナログ信号の話なので、解除は比較的容易であるが、やはり回避機器がアングラなものとなっているので、技術的なことに詳しいユーザーしか手を出していないだろう。
(2)アクセスコントロール(コピーコントロールとの組み合わせも含む)
アクセスコントロールとは、要するにスクランブルのことで、データの暗号化によって、特定の者・機器以外のアクセスを妨げるものである。
機器の汎用化が進み、ユーザーが直接コピー制御信号へアクセスしてその書き換えをできるようになった時点でそのコピー制御信号は意味がなくなるので、結局、コピーを制御するためには、暗号化によってデータ(コピー制御信号)そのものへのアクセスをコントロールするしかない。(いたちごっこの話なので、ここでいくらモラルを言っても始まらない。)
主なものには以下のようなものがある。
・CSS(Content Scramble System):
DVDに用いられているもので、ファイルデータを暗号化(スクランブル)し、ディスクに付いている暗号鍵を用いてスクランブルを解かない限り、再生できないようにしている技術である。
DVDのディスクをPCで覗いてみれば、いくつかのファイルがあることが分かると思う。いくらCGMSで複製不可としたところで、ビデオ出力でないファイルアクセスには関係ないので、その信号毎ファイルをコピーされてしまったら意味がない。そのため、DVDのディスクには全て別の暗号鍵がついていて、ファイルはコピーできるが暗号鍵はコピーできないような仕組みになっており、DVDのファイルをそのまま他のDVDに焼いても正しい映像は見られないようになっている。
しかし、DVDに書き込まれている暗号鍵を使って暗号を解除するソフトが既に開発され出回ってしまっていることも事実であり、CSSはもはや実質的にコピーガードの用をなしていない。それでも、ヘビーユーザーはさておき、映像の繰り返し視聴に対するニーズが低いこと、DVDの大容量性からデュプリケーションのかなりの手間がかかること、DVDの複製に対してそもそも心理的抵抗感があることから、多くの一般ユーザーはわざわざアングラなソフトをダウンロードして複製をしたりするより、DVDをレンタルする方を選んでいるのではないかと思われる。
・B-CAS(BS-Conditional Access System):
B-CASは、その名にBSを冠していることからも分かるように、そもそもBSの有料放送のために採用されたものであった。
有料放送では、料金を払った者のみに視聴を許すということをしなければならないため、当然のことながら、カードでユーザーを特定して料金を支払わない者の視聴を止めるということをしなければならない。カードを差せる条件として、機器のDRMの挙動も強制できるが、B-CASの本来の機能から考えると、それはどちらかと言えばついでの機能である。(これが大した検討されずに日本の全テレビに入ることにされてしまったことが今のコピーワンス問題の発端であり原因である。)
結局、このB-CASシステムによるコピー制御もB-CASカードそのものを用いたコピー制限解除機器(friio:フリーオ)の登場によって破られてしまった。
・CPRM(Content Protection for Recordable Media):
CSSはディスクの暗号鍵のみを使ってデータを解除していたため、一旦破られると対処のしようがなくなったが、CPRMではさらに複数の鍵を組み合わせ、機器の認証も行うことで、暗号を強固なものとするとともに、破られたときの対処も可能としている。
B-CASカードで解除されたコンテンツは、このCPRM対応のディスクにのみ書き込み可能とされており、CPRMはコピーワンスの一翼を担っている技術でもある。
既に破られたとの報告もあり、コンテンツ業界とメーカーが対策を講じるのではないかとも思われる。しかし、この対処は暗号解除に使われる不正な機器の暗号鍵を使えなくするというもので、正規の機器から暗号鍵が漏れている場合、その機器でも録画ができなくなってしまう。その対応コストを考えると、この対策自体かなり非現実的なものだろうが、コンテンツ業界とメーカーがどうしてくるかは分からないので注意が必要である。
・AACS(Advanced Access Content System):
Blu-rayやHD-DVDに採用されている技術で、さらに鍵の数が増え、暗号自体も強固になっている。
HD-DVDの一部のソフトで解除されたとの報告もあったが、既にその対策も取られており、まだ当分、AACSについてはいたちごっこが続くのではないかと思われる。
また、iTunesに使用されているFair Playや、Windows Media Player DRMも、アクセスコントロールとコピーコントロールを組み合わせてそれぞれのDRMを実現しているものと思われる。
(4)その他
CCCDについて文句を書き出せば切りはないが、コピーして行ったときにエラーとなるデータセクタを挿入したりするものなので、上の定義でいうところのコピーコントロールにもアクセスコントロールにも当たらないものと思われる。(PCソフトのROMに使われている技術や、DVD-VideoにCSSに加えてかかっている各種コピーガードも、原理的にはCCCDに近く、コピーコントロールにもアクセスコントロールにも当たらないものが多いと思われる。)
DRM技術はここにあげただけではないが、書いていくと切りがないので、これくらいにしておく。
DRMはクラックされる度に騒がれはするが、基本的には新しい技術への書き換えによってクラッカーへの対策はなされるしかなく、結局、一般ユーザーはDRMのクラッキングの騒ぎを横目に見ながら、法規制がどうあれ、自分のモラルで私的複製を行っており、それでほとんど問題は生じていないというのが現状であろう。
DRMは、常に存在する悪意ユーザーを縛れず、善意の一般ユーザーを縛るのみであるということを忘れてはならない。はっきり言って、いっそのことDRMなんか全て無くして、その開発費で、DRMを無くしたので買って下さいというキャンペーンをした方がよっぽどコンテンツ業界の利益は最大化されるのではないかと私は思っているのだが、まだそこまで状況が煮詰まっている訳でもないので、しばらくはいたちごっこが続くのだろう。
なお、特に言っておくと、録音機器の登場以降、音楽に関しては、複製を認めないあるいは複製を厳しく制限するフォーマットはほとんど全て成功していない。これはCCCDに欠陥があるとかそういう問題ではなく、単に、新しい録音機器の登場によって、音楽を聞く環境が変わり、レコードやCDなどが、ほとんど複製可能な音源としての意味しか持たなくなったためであると思われる。それに対して、映像のプレースシフト需要は小さかったため、DVDへのCSS採用はそれほど問題にならなかったのだろう。
要するに、音楽録音の場合はプレースシフト需要が、放送録画の場合はタイムシフト需要が、それぞれの機器と媒体の消費の決定要因となっているに過ぎない。(だからこそ、泥棒理論には気をつけないといけない。)
しかし、少なくとも、CCCDのように消費者が選択によりノーと言えるものはまだ良いのだが、無料の地上デジタル放送でのコピーワンスのように選択の余地なく押しつけられるものが極めてタチが悪いDRMであることは言うまでもない。(地デジに対する消費者の選択肢は、見るか見ないかしかないので、もう地デジは見ないと考えている層もかなりいるに違いない。)
さて、このようなことを前提に、次回は、著作権法と不正競争防止法のそれぞれで、DRMに関する規定がどうなっているのかを見て行きたいと思う。
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