第26回:文化庁のパブコメは多数決か。
今回は、パブコメに関するちょっとした余談をしよう。
そもそも、パブコメは個別の論点に係る賛否の数を問うものではないということは、どの意見募集要項(例えば、私的録音録画小委員会の意見募集要項参照)にも書かれていることであり、答えから言うとパブコメは多数決ではない。(実際、パブコメの意図としてはその通りであろうから、私も自分の出した意見では自分なりの主張をするよう気をつけた。)
そのため、果たして、内容(質)を無視したパブコメ動員がどこまで有効かどうかということがあるのだが、こと文化庁のパブコメに関する限り、文化庁は、過去、パブコメにおける賛否の数を民意として取り扱って来た節があるのだ。(文化庁も最近はあまりこのようなまとめをしていないとは断っておく。)
例えば、レコードの還流防止措置などが問題となった、平成15年度の著作権分科会(第12回)で公表された意見募集の結果の資料は、リンク先を見てもらえれば分かるように、単に以下のように賛否の数をまとめているひどいものである。
「書籍・雑誌等の貸与に係る暫定措置の廃止」について、賛成1,211、反対73、その他29
「日本販売禁止レコードの還流防止措置」について、 賛成676、反対293、その他68
「保護期間の延長」について、賛成2、反対16、その他1
結果、「書籍・雑誌等の貸与に係る暫定措置」は廃止され、「日本販売禁止レコードの還流防止措置」も導入されている。
この分科会中でも、委員から「内容では,賛成意見において,事業者団体が傘下の会員などに呼びかけて,そのコピーに署名して送っているというような意見もかなりあったが,賛否両論とも,それぞれの個人の考えをしっかり記述している意見が多かった。」と言われているくらいで、この時は数字から見ても明らかに権利者団体側に動員がかかっていたものと思われる。
また、iPod課金が問題となった平成17年度の法制問題小委員会(第8回)では、当時の著作権課長が、
「私的録音録画補償金の見直しにつきましては、若干重複いたしますが、167件ほどになりますけれども、非常に多くの意見が寄せられました。現行制度自体につきましては、現行制度は制度の周知も図られていないし、補償金の分配等も不透明であるとの否定的なものが16件ございました。
また、ハードディスク内蔵型録音機器等の追加指定につきましては、追加指定すべきというものが17件、追加指定すべきでないというものが80件ございました。追加指定すべきというものは、MDとの公平性、あるいは個別課金はユーザーの経済的負担がかえって増加する、完全なDRMは存在しないというような意見でございました。追加指定すべきでない80件の内訳といたしましては、二重課金に当たるのではないか、ハードディスク内蔵型は汎用機器である、DRMによる個別課金にすべきという意見のほか、ハードディスク内蔵型はコンピュータにコピーできないように実際なっているのではないか、こうした意見もございました。」
と報告している。このパブコメのおかげかどうかはよく分からないが、結局この時はiPod課金はされていない。
なお、その次の小委員会(第9回)では、全ての意見をまとめた上で、やはり当時の著作権課長が「ここで件数を言うこと自体もはばかられる状況でもございます」と言っているので、件数をあげつらうことはパブコメの意図から考えて問題があると、この時にようやく文化庁も認識したのであろうと思われる。
その後はあまりこのようなまとめをしてきていないが、このような前例がある以上、今回の私的録音録画問題(ダウンロード違法化やiPod課金など)等についても、文化庁がまた同じように賛否の数でまとめをしてくることも想定しておかなければならない。今のところ、権利者側のパブコメ動員と文化庁の賛否集計の可能性を否定し切れない以上、MIAUのネットユーザー動員活動も誤ったやり方とすることはできないだろう。
まとめをどうするかは文化庁次第のところもあるが、個人のパブコメについて数のみを集計して、そこに含まれている新たな論点を文化庁で勝手に握りつぶしたりすることがあってはならない。ネットでも大々的な話題となったのだ、数はどうあれ、パブコメ全体を見れば、そこには自ずと本当の民意が現れて来るだろう。
いかに提出された意見の数が多かろうと、その些細な論点でも握りつぶすことなく、次回の私的録音録画小委員会までに文化庁は全てのパブコメをきちんとまとてくれるものと私は期待する。このような丁寧な整理こそ、行政府に本来求められている機能なのだから。
ついでに、ここで、行政手続法に基づく意見募集と任意の意見募集の違いの話もしておこう。
行政手続法には、意見公募手続について、以下のような規定がある。
(意見公募手続)
第39条 命令等制定機関は、命令等を定めようとする場合には、当該命令等の案(命令等で定めようとする内容を示すものをいう。以下同じ。)及びこれに関連する資料をあらかじめ公示し、意見(情報を含む。以下同じ。)の提出先及び意見の提出のための期間(以下「意見提出期間」という。)を定めて広く一般の意見を求めなければならない。
(中略)(提出意見の考慮)
第42条 命令等制定機関は、意見公募手続を実施して命令等を定める場合には、意見提出期間内に当該命令等制定機関に対し提出された当該命令等の案についての意見(以下「提出意見」という。)を十分に考慮しなければならない。(結果の公示等)
第43条 命令等制定機関は、意見公募手続を実施して命令等を定めた場合には、当該命令等の公布(公布をしないものにあっては、公にする行為。第五項において同じ。)と同時期に、次に掲げる事項を公示しなければならない。
一 命令等の題名
二 命令等の案の公示の日
三 提出意見(提出意見がなかった場合にあっては、その旨)
四 提出意見を考慮した結果(意見公募手続を実施した命令等の案と定めた命令等との差異を含む。)及びその理由
(後略)
しかし、電子政府の窓口からたどっていけば分かるように、今回の文化庁のパブリックコメントは任意の意見募集であって、行政手続法に基づく意見募集ではない。
これは、電子政府の用語集にもある通り、「行政手続法に規定する意見公募手続とは、行政機関が命令等(政令、省令など)を制定するに当たって、事前に命令等の案を示し、その案について原則として30日以上の意見提出期間を定めて、広く一般から意見や情報を募集する手続のこと」であるため、政令や省令を超える法改正に関する意見募集は、当然のことながら、行政手続法に基づきようがないからである。
要するに、厳密なことを言えば、本来立法権限をもたない行政府が法改正について国民の意見を問うこと自体がおかしいのだ。このような法改正に関する行政府の意見募集という手続き自体、日本における行政と立法の役割分担の曖昧さからもたらされた歪んだ手続きである。このことは、もっと国民に広く知られて良いことに違いない。(なお、これを無くすためには、あらゆる法改正の検討を直接出来るくらいに立法府のキャパシティを高めた上で、内閣法を改正し、行政府からの法案の国会提出(内閣立法)を禁止しなければならない。)
さて次は、少し河岸を変えて、知財事務局での検討について書いてみようかと思っている。
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