第18回:「ダビング10」あるいはDRMの欺瞞
情報通信審議会で、コピーワンスを緩和し、「ダビング10」にすると決めたという報道がなされてしばらく経ち、その答申に対する意見募集の〆切が過ぎてもうすぐ2ヶ月になろうとしている。
私自身は、そもそもこのダビング10にすら反対なのだが、これでも良いと大多数の国民が思っているようなら、早期にこの運用を開始すべきであるに違いない。
だが、総務省は今もってパブコメの結果を公表していない。本来、コピーワンスの緩和は総務省の行政指導でなされるべき筋合いの話ではないが、ある方向性についてパブコメにかけた以上、その結果を早期に公表するとともに、そこに示された本当の民意の実現を図ることが総務省の責務であろう。今もって新たな運用がどうなるのか、その運用の開始がいつかすら不透明なままにしておくのは、放送行政にたずさわるものの姿勢としていかがなものかと思われる。
権利者団体が公表したところの、ダビング10への緩和すなわち録画補償金維持あるいは拡大という話自体は論外なのだが、このようなコピー制限と私的録音録画補償金問題が関わっているということ自体は正しいので、インターネットと著作権という観点より狭くなってしまうが、ここで、このことについてもう少し書き足しておきたいと思う。
まず、コピーワンスの説明自体は省くが、情報通信審議会の答申から、ダビング10をかいつまんで説明すると以下のようになるだろう。
デジタルコピーについて、内蔵HDDから内蔵DVD(メモリーカード)へのコピーという限定つきで、孫コピー不可のDVD(メモリーカード)を10枚作ることが可能となる。
なお、アナログ経由のデジタルコピーについては、HDDにオリジナルコピーがある限りにおいて、孫コピー不可のDVDを作ることが出来る。(この枚数に限定はないが、デジタルコピーを10回した時点で不可能となる。)
これに対するユーザーの利便性から見た問題点は以下のようになるだろうか。
・合法的に入手したコンテンツを私的に楽しむための複製であるにもかかわらず、複製を制限されることにそもそも納得感がないので、1枚を10枚したところで納得感が得られないことに変わりはない。(枚数にかかわらず、私的複製以外は著作権法違反であることに注意。)
・ダビング10はDVD/HDD内蔵型録画機器の内蔵チューナーに直接アンテナを接続した場合のみの動作であり、テレビから普通にデジタル接続した場合コピーワンスのままとなるなど、これは一般ユーザーに理解不能の挙動を示す。デジタルコピーとアナログ経由のコピーの混在下での回数カウントなども、おそらくヘビーユーザー以外の一般ユーザーの理解するところではないだろう。
・内蔵HDDからの直接複製する場合しか10回のカウントは機能しないので、機種及びメーカー依存性が強くなり、機器の接続に幅がなくなる。特に、これを良いことに、日本メーカー各社は自社の録画機からは自社のポータブルレコーダーにしかコンテンツを転送できないようにするであろうから、ユーザーは場合によってはポータブルレコーダーの買い換えまで要求されることになる。
・また、日本の家電メーカーの多くのPCのように、最初からチューナー内蔵のPCであれば最初からダビング10を設計に組み込むことも出来るだろうが、これは汎用PCボードへの実装をまるで考慮しておらず、設計に汎用性がまるでない。
・国際的に見ても特異な規格であるため、外国メーカーとの競争になるとは考えがたく、海外と比べて機器の値段が高止まりする可能性が極めて高い。
さらにつづめて言うなら、
・10枚という枚数に意味はなく、ダビング10でもユーザーは複製に対して制限を感じる。
・録画機器が、高価かつ不便で、ユーザーの直感に反する奇怪な動作をするようになる。
・外国メーカー品(例えばiPod)への容易なコンテンツの転送は、かなりの確率でダビング10録画機器に実装されない。
となるだろうか。
ダビング10におけるユーザーに対する利便性の向上という点では、わずかにアナログ経由のコピーではコピー枚数の制限がないことぐらいがあげられるが、そもそもデジタル化による利便性の向上が問題であるときに、アナログ経由のコピーが推奨されること自体誤りであろう。(それに、この程度のことで良いのであれば、今のデジタル放送録画機でもアナログ経由のコピーにコピー制御信号を乗せないことは簡単にできるので、むしろこのような方策を暫定解とするべきであろう。)
結局、正規に流通している機器が、このように使い勝手の悪いもののみということでは、技術に詳しいハイレベルなユーザー達は、自力で入手したコピー制限解除機器あるいはソフトでコピーを続けることになろう。(アナログあるいはデジタル経由でコピーワンス制限を解除することが可能なことはそれなりに技術に詳しいユーザーなら知っていることである。)
そのため、ダビング10にせよ、無料放送におけるコピー制限は、技術的なことに詳しくない一般ユーザーに高価で不便な機器と、高価で不便なコンテンツを買わせることのみを目的としているとしか考えられず、このような方式を私は一ユーザーとして全く受け入れることが出来ないのだ。
(なお、そもそも放送をプロモーションととらえ、そこで全て投資回収する訳ではないコンテンツがあるということも言われているが、そもそもコンテンツの全編をプロモーションのために放送することが私には理解できない。プロモーションというのであれば、きちんと広告という形でプロモーションを行い、コンテンツそのものは別売りとするのが筋であろう。しかし、このようなものが存在していることも事実なので、コンテンツの種類によっては何らかのコピー制限が検討されても良いかも知れないだろうが、原則はコピー制限なしとされるべきであろう。また、ハイビジョン品質で放送することは映像の原盤を流しているに等しいという主張も聞かれるのだが、ハイビジョン品質の放送チャネルにわざと画質を落として標準画質のコンテンツを流すことは簡単にできるのだから、何の言い訳にもならない。)
要するに、コピー制限技術(良くDRM:Digital Right Management技術と言われるが、法律的に言えば、技術的保護手段あるいは技術的制限手段である)はクラッカーに対して不断の方式(暗号鍵)変更で対抗しなければならないのだが、その方式変更に途方もないコストが発生する放送では実質的に不可能である。インターネット上でユーザー間でコピー制限解除に関する情報がやりとりされる現在、もはや放送にDRMをかけていること自体が社会的コストの無駄と思われて仕方がない。ここに、放送におけるDRMの最大の欺瞞が存在していることに、そろそろ皆が気づいても良いのではなかろうか。放送におけるDRMは本当に縛りたい玄人は縛れず、一般ユーザーに不便を強いているだけなのだ。
また、B-CASシステムの問題点はB-CASのWikiに詳しいが、ダビング10は、放送におけるコピー制御に関する根幹の問題である以下のような問題を全て温存し、将来への禍根を残す方向性でもある。(EPNも、B-CASシステムを温存するということでは同じである。)
・あまねく視聴されることを目的とする無料地上波という基幹放送で、スクランブルをかけ視聴者のアクセス制限をしているということは変わらない。理論的には、B-CASカード番号を使って特定の者のテレビ視聴を不可能にすることすら可能である。しかもその情報は全てB-CAS社という一民間企業の手に委ねられている。
・B-CASシステムの排除以外の付け焼き刃の方策は、B-CASシステムの維持等にかかるコストが必ず消費者に跳ね返り、日本の消費者が知らないままに高価で不便な機器とコンテンツを買わされるという状況に変化をもたらさない。
・B-CASシステムとコピーワンスは官がその導入に関与したとはいえ民々規制であるため、総務省の情報通信審議会でコピーワンスの緩和を決める根拠がなく、例え総務省の行政指導によってコピーワンスが緩和されたとしても、そのレベルのコピー制限緩和を関係者が維持しなければならない根拠が何一つない。
したがって、ユーザー・消費者・国民にとって真の選択肢は、B-CASシステムの排除並びに無料地上放送におけるノンスクランブル・コピー制限なしの原則化しかないと私は思っている。さらに、利権団体同士の争いと、それに伴う根拠のない行政の介入によってこれが変えられることを防ぐため、この原則を法律に書き込むべきだとも思っている。(以前存在していた総務省の省令に無料放送でのスクランブルを禁じる条項が大した検討もされないままに総務省に消されてしまったのは、私が情報通信審議会へのパブコメで書いた通りである。)
ほとんどあらゆる者が普通の機器で自由にコピーが可能な状況を作れば、かえって不正な流通は減るのではないかと思われるが、確かに、インターネット等へのコンテンツの流出の問題も残り、これによって著作権者に不当な負担(私的複製による経済的損失ではない)を強いることになるとも予想されるので、例えば、このようなインターネットにおける不正流通対策に私的録画補償金を使うという選択肢もあるだろう。(このように使うことが私的録音録画補償金のそもそもの趣旨からずれることは私も分かっているのだが、権利者に細かく配分してしまうより、よほど権利者のためにも、社会全体のためにもなるのではないかと思う。)
すなわち、放送についてノンスクランブル・コピー制限なしの実現が法的に確保されるという条件のもとで、録画補償金を何らかのセーフハーバーつきで維持するということは、ユーザーの選択肢としてあり得るのだが、実際、補償金に関する妥当な算定基準がない中で、権利者団体にセーフハーバーなしで青天井の補償金請求権を認めることはユーザーにとって極めて危険なことでしかなく、今のところ、私は権利者団体の主張にどうしても反対せざるを得ない。
何度も言うようだが、コピーワンスと私的録音録画補償金の問題について、ユーザーが本当に求めるべきことは、私的複製の自由の法的な確保、補償金が私的複製を自由にすることの代償であることの法律的な明確化、私的複製を自由としたときの権利者に与える経済的影響の妥当な算定基準作りと、権利者団体による際限のない補償金請求を無くすためのユーザーにとってのセーフハーバーの導入であると私は考えている。(コピーワンスやダビング10ほどに私的複製が不自由となる場合は、そもそも補償金をかける必要はないと言わなければならないのは無論のことである。)
さて、ちょっとまた大きな観点からはずれてしまうのだが、次は、これも文化庁の中間整理パブコメの突っ込みどころであるため、レンタルCDの問題について書こうかと考えている。
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