第11回:著作権国際動向その1:欧州連合(EU著作権指令)
本当は、文化庁の私的録音録画小委員会の中間整理がきちんとまとめてくれていれば良いのだが、あの中間整理には何の参考にもならない程度にしか国際動向が書かれていないので、少しずつ国際動向について書いていきたい。
まずは、有名な2001年のEU著作権指令についてである。欧州といっても、勿論各国にはそれぞれ別の法律があるので、そこまで見ていかないと細かなことは見えてこないのだが、やはり欧州統一の動きというのは知財法にも影響を与えているので、この指令を外す訳には行かない。特に、著作権保護期間については、短いところに合わせるのは無理なので、70年という長い方に合わせてしまった訳だが、その前に2001年にEUが、各国はこれに従うようにと出している、著作権指令がある。いろいろと面白いところがある中で、ここでは私的複製と補償金に関連する主な部分を紹介したい。
まず序文には、以下のようなくだりがある。(以下の翻訳は全て拙訳。赤字強調も私が付けたもの。)
「(35) In certain cases of exceptions or limitations, rightholders should receive fair compensation to compensate them adequately for the use made of their protected works or other subject-matter. When determining the form, detailed arrangements and possible level of such fair compensation, account should be taken of the particular circumstances of each case. When evaluating these circumstances, a valuable criterion would be the possible harm to the rightholders resulting from the act in question. In cases where rightholders have already received payment in some other form, for instance as part of a licence fee, no specific or separate payment may be due. The level of fair compensation should take full account of the degree of use of technological protection measures referred to in this Directive. In certain situations where the prejudice to the rightholder would be minimal, no obligation for payment may arise.
(35)ある場合の例外又は制限においては、権利者は、その保護された作品等の利用を適切に補償する公正な補償を受け取るべきである。このような公正な補償のの形式、細かな取り決め、可能なレベルを決めるときは、それぞれの場合の個別の状況が考慮されなければならない。この状況を評価するにあたっては、評価される基準は、問題の行為に起因する、権利者に対して与えているであろう害である。例えば、ライセンス料の一部のような、他の形で、権利者が既に支払いを受けている場合、特に別の支払いが課されるべきではない。公正な補償のレベルは、この指令に記載されているところの技術的保護手段を完全に考慮に入れなければならない。権利者に与える損害が極めて小さい場合には、支払いの義務は発生しないこともあり得る。
(38) Member States should be allowed to provide for an exception or limitation to the reproduction right for certain types of reproduction of audio, visual and audio-visual material for private use, accompanied by fair compensation. This may include the introduction or continuation of remuneration schemes to compensate for the prejudice to rightholders. Although differences between those remuneration schemes affect the functioning of the internal market, those differences, with respect to analogue private reproduction, should not have a significant impact on the development of the information society. Digital private copying is likely to be more widespread and have a greater economic impact. Due account should therefore be taken of the differences between digital and analogue private copying and a distinction should be made in certain respects between them.
(38)加盟国は、公正な補償とともに、ある種の録音録画物の私的利用複製のための例外あるいは制限をすることが許される。これには、権利者に与える影響を補償するための補償金制度の導入あるいは維持が含まれていて良い。しかしながら、これらの補償金制度の間の違いは域内市場の動きに影響を与えるものであり、アナログの私的複製のことも考え、これらの違いが、情報社会の発展に大きな影響を与えてはならない。デジタルの私的複製は、より拡散し、大きな経済的影響を持つ傾向がある。したがって、デジタルとアナログの私的複製の間の違いは考慮されるべきであり、これらはある点において区別されるべきである。
(39) When applying the exception or limitation on private copying, Member States should take due account of technological and economic developments, in particular with respect to digital private copying and remuneration schemes, when effective technological protection measures are available. Such exceptions or limitations should not inhibit the use of technological measures or their enforcement against circumvention.
(39)私的複製の例外あるいは制限を適用するとき、加盟国は、デジタルの私的複製と補償金制度に関して、特に、効果的な技術的保護手段が入手可能であるときに、技術的・経済的発展を考慮しなければならない。このような例外あるいは制限は、技術的保護手段の利用あるいはその回避に対する保護を禁じるべきものではない。
(52) When implementing an exception or limitation for private copying in accordance with Article 5(2)(b), Member States should likewise promote the use of voluntary measures to accommodate achieving the objectives of such exception or limitation. If, within a reasonable period of time, no such voluntary measures to make reproduction for private use possible have been taken, Member States may take measures to enable beneficiaries of the exception or limitation concerned to benefit from it. Voluntary measures taken by rightholders, including agreements between rightholders and other parties concerned, as well as measures taken by Member States, do not prevent rightholders from using technological measures which are consistent with the exceptions or limitations on private copying in national law in accordance with Article 5(2)(b), taking account of the condition of fair compensation under that provision and the possible differentiation between various conditions of use in accordance with Article 5(5), such as controlling the number of reproductions. In order to prevent abuse of such measures, any technological measures applied in their implementation should enjoy legal protection.
(52)第5条第2項(b)に規定されている私的複製のための例外あるいは制限の実装にあたっては、加盟国は、このような例外あるいは制限の目的の達成に適切な手段が自発的に取られることを推進するべきである。合理的な期間の間に、私的利用のための複製をするためのそのような自発的な手段が取られようがなかった場合に、加盟国は、この利益に関する例外あるいは制限の受益が得られるようにする手段を取ることができる。自発的な手段は権利者によって取られるものであり、権利者と利害関係者の間の取り決め、及び、加盟国によって取られる手段を含むが、この制限下での公正な補償の条件、及び、第5条第5項と合致する様々な条件の可能な幅を考慮しつつ、その複製の個数を制限するような、第5条第2項(b)と合致する国内法での私的複製の例外あるいは制限に適う技術的保護手段を用いることを権利者に禁ずるものではない。このような手段の乱用を防止するため、この実装において、なにがしかの技術的手段を講じることは法的な保護を受けてしかるべきである。」
そして、私的複製に関する制限は第5条第2項(b)に、以下のように書かれている。
「Article 5:Exceptions and limitations
2. Member States may provide for exceptions or limitations to the reproduction right provided for in Article 2 in the following cases:
...
(b) in respect of reproductions on any medium made by a natural person for private use and for ends that are neither directly nor indirectly commercial, on condition that the rightholders receive fair compensation which takes account of the application or non-application of technological measures referred to in Article 6 to the work or subject-matter concerned;
...
5. The exceptions and limitations provided for in paragraphs 1, 2, 3 and 4 shall only be applied in certain special cases which do not conflict with a normal exploitation of the work or other subject-matter and do not unreasonably prejudice the legitimate interests of the rightholder.第5条(例外と制限)
第2項 加盟国は、次の場合に第2条で規定されている複製権の制限あるいは例外を規定することが出来る。(中略)
(b)第6条に規定される技術的保護手段の採用あるいは非採用を考慮に入れた公正な補償を権利者が受け取っているという条件で、直接的にも間接的にも商業的でない目的のために、自然人によって私的利用のためになされる、媒体への複製の場合
(中略)
第5項 第1、2、3、4項に書かれている制限は、作品等の通常の利用を害さず、権利者の正当な利益に不合理な損害を与えない特別な場合のみ適用される。」
権利者団体のロビー活動の成果か、補償に関する記載など、かなりユーザーに酷な書き方となっているが、まず、序文の第35段落中で、権利者に与えているであろう害を補償の基準とすること、技術的保護手段を必ず考慮に入れること、損害が小さい場合には補償はなくとも良いことが記載されていることに注目したい。この3点は、私的録音録画細付近問題を考えていく上で、必ず考慮しなければならない3点である。
そして、第39段落には、デジタルの私的複製と補償金制度に関して、効果的な技術的保護手段が入手可能であるときに、技術的・経済的発展を考慮しなければならない、と書かれている。この記載中で、効果的な技術的保護手段が「取られたとき」ではなく、「入手可能であるとき」と書かれていることにも注目するべきである(英語の原文ではavailable。)。この記載は、技術的保護手段が入手可能であるにもかかわらず、それを使わなかったという権利者の選択も、補償の有無・多寡を決める際には考慮に入れられなければならないことを示唆しており、大変興味深い。少なくとも、効果的な技術的保護手段が入手可能であるにもかかわらず、これを使わなかった場合、これは権利者自らの選択なのであるから、補償の必要性は相当減じられると見ても良かろう。
さて、CCCDの場合のように、消費者の嗜好に合致しなかったため、技術的保護手段が権利者の選択肢から消えた場合は、補償の必要性についてどう考えるべきだろうか。音楽流通にCDしかなかった状況ならまだ考慮の余地はあったかも知れないが、ネット配信のような自由にDRMがかけられる流通ルート(最近の世界における音楽配信はDRMなしに動きつつあるが。)が相当のウェートを占めて来ている中で、敢えてDRMをかけず、画一的な値段でコンテンツを売っているということは、やはり権利者の選択であって、補償の必要性は相当減じられるものと私は考える。
また、例えば、ネットの音楽配信において独占的な地位を占めるものが、あるDRM・価格を強要して来た場合などはどうだろうか。これは明らかに独占禁止法の問題である。流通における独占的な地位を乱用してあるDRM・価格を強要したという事実があったら、まず公正取引委員会に不正な取引の排除を求めるべきだろう。さらに言えば、事業者は自らネット上で配信ビジネスを行い、好きなDRMをかけても良く、あるいはDRMつきの音楽データをCD-ROMに焼いて売っても良いいのだ。このような独占の問題は、明らかに補償金の積み増しで解決されるべき問題ではない。
ちょっと長くなったので、2006年に行われていた欧州の補償金制度改革の検討については、回を改めることにしよう。
(2009年10月2日の追記:誤記を見つけたので訂正した(「第2項」→「第2条」、「をする」→「を規定する」)。)
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