2024年9月 1日 (日)

第501回:人口知能(AI)によるデジタルレプリカ(ディープフェイク)に関するアメリカ著作権局の報告書

 先月末、7月31日にアメリカ著作権局が人口知能(AI)による報告書の第1部として、デジタルレプリカに関する報告書を出しているので、今回はこの報告書について取り上げる。

 この報告書第1部(pdf)は、米著作権局のリリースに、幾つかのパートに分かれて出されるものの第1部であって、AIと著作権法の関係に関する主たる問題である、生成AIによって生成されたマテリアルの著作物性、著作物に基づいて行われるAI学習の法的評価、ライセンスの考慮、あり得る責任の所在といった事項は全て次のパート以降に持ち越しとなっている。

 日本ではそれほど使われていない様に思うが、この報告書で言う所のデジタルレプリカとは、「Ⅰ イントロダクション」の第2ページで、

This Report uses the term "digital replica" to refer to a video, image, or audio recording that has been digitally created or manipulated to realistically but falsely depict an individual. A "digital replica" may be authorized or unauthorized and can be produced by any type of digital technology, not just AI. The terms "digital replicas" and "deepfakes" are used here interchangeably.

本報告書では、「デジタルレプリカ」という用語は、リアルだが偽って個人を描き出す様にデジタル的に作られたか操作されたものである動画、画像又は音声レコーディングの事を指す。「デジタルレプリカ」は許諾を受けている事もあれば許諾を受けていない事もあり、AIだけでなくあらゆるタイプのデジタル技術によって作り出され得る。デジタル用語の「デジタルレプリカ」と「ディープフェイク」はここで交換可能なものとして使われる。

と書かれている通り、実質的に個人を対象としてリアルに作られた偽情報を意味しており、日本でもそのまま使われている語としてはディープフェイクとほぼ同じ意味と考えて良いものである。

 話としては少し前後するが、この様にディープフェイク、偽情報対策を主眼に置いている事から、この報告書と著作権法との関係は必然的に薄くなっている。この点については、各法との関係を記載している部分の第17ページで、

Copyright protects original works of authorship, including the material - photographs or audio or video recordings - from which a digital replica might be constructed. The Copyright Act provides copyright owners with a bundle of exclusive rights, including the rights to reproduce a work and to prepare derivative works.

Digital replicas that are produced by ingesting copies of preexisting copyrighted works, or by altering them - such as superimposing someone's face onto an audiovisual work or simulating their voice singing the lyrics of a musical work - may implicate those exclusive rights. If the depicted individual is an owner of the copyrighted work, he or she could have a copyright claim for infringement of the work as a whole. Copyright does not, however, protect an individual's identity in itself, even when incorporated into a work of authorship. A replica of their image or voice alone would not constitute copyright infringement.

著作権は、デジタルレプリカががそこから作られ得るであろうマテリアル-写真、音声又は動画のレコーディングなど-を含む、著作者による独創的な著作物を保護するものである。著作権法は、著作権者が著作物を複製し、派生著作物を用意する権利を含む権利の束を持つ事を規定している。

既存の著作物のコピーを取り込むか、-ある者の顔を映像作品に入れ込む、その声に音楽作品の歌詞を歌わせる様にシミュレートするなど-それを作り変えるかする事によって事によって作り出されるデジタルレプリカは、この排他的権利と関係し得るものである。もし描き出された個人が著作物の権利者であれば、彼又は彼女はその著作物全体の侵害に対して著作権に基づく主張をし得るであろう。しかしながら、著作権は、それが著作者による著作物に化体している場合でも、個人のアイデンティティそれ自体を守るものではない。その画像又は声のレプリカだけでは著作権侵害を構成しないであろう。

と書かれている通りであって、著作権はあくまで創作的表現を守るものであって個人のアイデンティティそれ自体を守るものではないのである。

 さらに、著作権との関係については、第53ページからの「Ⅲ 芸術的スタイルの保護」で書かれている事もあるが、ここでも、その後半の第54~55ページで、

The Office acknowledges the seriousness of these concerns and believes that appropriate remedies should be available for this type of harm.

Copyright law's application in this area is limited, as it does not protect artistic style as a separate element of a work. As noted by several commenters, copyright protection for style would be inconsistent with section 102(b)'s idea/expression dichotomy. Moreover, in most cases the elements of an artist's style cannot easily be delineated and defined separately from a particular underlying work. Google and EFF both stressed that, as a policy matter, stylistic aspects of expressive content should remain freely available for later creators to develop and build on.

The Copyright Act may, however, provide a remedy where the output of an "in the style of" request ends up replicating not just the artist's style but protectible elements of a particular work. Additionally, as future Parts of this Report will discuss, there may be situations where the use of an artist's own works to train AI systems to produce material imitating their style can support an infringement claim.

Numerous commenters pointed out that meaningful protections against imitations of style may be found in other legal frameworks, including the Lanham Act's prohibitions on passing off and unfair competition. In its comments, the FTC stated:

[M]imicking the creator's writing style ... may also constitute an unfair method of competition or an unfair or deceptive practice, especially when the copyright violation deceives consumers, exploits a creator's reputation or diminishes the value of her existing or future works, reveals private information, or otherwise causes substantial injury to consumers.

著作権局は、これらの懸念の深刻さを認め、その適切な救済措置がこの種の害に対して入手可能とされるべきであると考える。

それが芸術的なスタイルを著作物から分離される要素として保護をしていない以上、この分野における著作権法の適用は限られている。何人かの意見で言われている通り、スタイルに対する著作権の保護は、アメリカ著作権法第102条(b)のアイデア/表現二分論と合致しないであろう。さらに、ほとんどの場合において、芸術家のスタイルの要素は、元の特定の著作物から分けて簡単に線引きし、分離する事はできない。グーグルとEFFはともに、政策的事項として、表現物のスタイル的な面は後の創作者が発展させ、積み上げていけるよう自由に利用可能な儘とされるべきと強調している。

しかしながら、著作権法はスタイルにおける要求の結果が芸術家のスタイルだけではなく特定の著作物の保護され得る要素も複製するに至った場合の救済措置を提供している。また、この報告書の将来の部分で検討する予定であるが、そのスタイルを真似るマテリアルを作り出すためにAIシステムを訓練するための芸術家の自身の著作物の利用が、侵害主張の支えとなる状況はあり得るであろう。

多くの意見で、スタイルの模倣に対する有意な保護は、パッシングオフ(詐称通用)及び不正競争に対するランハム法の禁止を含む他の法的枠組みに見つかると指摘されている。その意見において、連邦取引委員会は以下の様に述べている:

創作者の文体の真似も…特に、著作権侵害が消費者を騙すか、創作者の評判を利用するか、その既存の又は将来の著作物の価値を損なうか、個人情報を晒すか、その他消費者に対して実質的な害をなすかする場合に、競争における不公正な方法、不公正な又は欺瞞的な行為を構成し得る。

と、アイデア表現二分論から、表現とは分離された要素としてのスタイル(画風や文体など)に著作権法の保護は原則及ばないという極当たり前の事が書かれ、表現として保護され得る様な状況については今後の報告書で書く予定としているのである。

(ここで詳細に論じる事はしないが、アイデア表現二分論とは、著作権法で守られるのは著作物における表現であって、そこに含まれるアイデアには著作権法の保護は及ばないとする考え方の事である。アメリカ著作権法第102条(b)の様にわざわざそのための明文の規定があるといった事はないが、これは著作権法の世界における基本的な考え方の1つであって、日本の著作権法でも同様に通用する。なお、日本におけるAIと著作権法の関係整理については第492回参照。)

 それでは何が書かれているかというと、上で翻訳した部分でも他の法律について少し書かれているが、要するに、第8ページからの「Ⅱ 許諾を得ていないデジタルレプリカに対する保護」の「A.既存の法的枠組み」で、以下の様に、アメリカのコモンロー、州法、連邦法でデジタルレプリカ又はディープフェイクに適用可能なものをあげ、全て一長一短ある事から、統一的な連邦法の制定による対応が望ましいという事が言われているのである。

  1. 各州のコモンロー及び州法(第8ページ~)
    a)プライバシーの権利(第8ページ~、日本では通常個人がその私生活に干渉されない事を言うと思うが、アメリカでは偽情報の流布による個人の評判に対する重大な危害に対する保護も含まれる)
    b)パブリシティの権利(第10ページ~、日本と同様、アメリカでもパブリシティ権は著名な者に対してその名称等の商業的な利用を保護する)
    c)デジタルレプリカに対する州による新規制(第15ページ~、テネシー州、ルイジアナ州、ニューヨーク州の新法を紹介)
  2. 連邦法(第16ページ~)
    a)著作権法(第17ページ~、ただし、上で訳出した通り、デジタルレプリカと著作権法の関係は薄い)
    b)連邦取引委員会法(第17ページ~、当然の事だが、AI技術の反競争的な利用に対しては競争法の適用が考えられる)
    c)ランハム法(第19ページ~、ランハム法とは商標法の事だが、これは一部日本で言う所の不正競争防止法的側面を含み、登録商標に基づく商標権侵害だけでなく一般的に偽の表示による出所の混同なども規制している)
    d)通信法(第20ページ~、消費者を対象とする電話を規制している電話消費者保護法の適用が考えられる)
  3. 私的取り決め(第21ページ~、私人間のその名前等の利用に関する契約もあり得る)

 そして、その後の「B.連邦立法の必要性」で、各州のコモンローや州法の規定や解釈にはばらつきがある事、アメリカの国会でも幾つかの法案が提出される等しているが、その内容にかなりの差異があり、議論はまだ煮詰まっていない事、新しい法律における権利の考慮要素としてa)規制対象、b)保護を受ける者、c)保護期間、d)侵害となる行為((i)商業的利用に限られるか、(ⅱ)知っている事を必要とするか、(ⅲ)2次的責任(間接侵害)についてどの様に整理するか)、e)ライセンスや譲渡についてどうするか((ⅰ)期間について、(ⅱ)インフォームドコンセントについて(ⅲ)未成年との契約について)、f)アメリカ憲法修正第1条(表現の自由)に基づく懸念についてどの様に整理するか、g)救済措置、f)連邦法の優先(連邦法と矛盾する州法を無効とする法理)がある事をあげ、最後に第57ページの結論で、以下の通り締め括っている。

The Copyright Office agrees with the numerous commenters that have asserted an urgent need for new protection at the federal level. The widespread availability of generative AI tools that make it easy to create digital replicas of individuals' images and voices has highlighted gaps in existing laws and raised concerns about the harms that can be inflicted by unauthorized uses.

We recommend that Congress establish a federal right that protects all individuals during their lifetimes from the knowing distribution of unauthorized digital replicas. The right should be licensable, subject to guardrails, but not assignable, with effective remedies including monetary damages and injunctive relief. Traditional rules of secondary liability should apply, but with an appropriately conditioned safe harbor for OSPs. The law should contain explicit First Amendment accommodations. Finally, in recognition of well-developed state rights of publicity, we recommend against full preemption of state laws.

The Office remains available as a resource to Congress, the courts, and the executive branch in considering the recommendations in this Report and future developments.

著作権局は、連邦レベルでの新たな保護が喫緊で必要である事を主張する多くの意見提出者に同意する。広く利用可能となっている、個人の画像と動画のデジタルレプリカを容易に作る事ができる生成AIツールは、既存の法律と許諾を得ていない利用によって加えられ得る害について持ち上がっている懸念の間のギャップを浮き彫りにしている。

私たちは、許諾を得ていないデジタルレプリカのそうと知っての頒布から全ての個人をその生涯を通じて守る権利を議会が確立する事を推奨する。この権利はガードレール内でライセンス可能であるが、譲渡不可能であり、金銭的損害賠償と差し止めを含む有効な救済措置を伴うべきでる。2次的責任に関する伝統的な規則が適用されるべきであるが、オンラインサービスプロバイダーに対する適切に条件が設けられたセーフハーバーを伴うべきである。法は憲法修正第1条との明文の調整規定を含むべきである。最後に、十分発展している各州のパブリシティの権利を認め、私たちは州法に対する連邦法の完全な優先に反対の立場を取る事を勧める。

著作権局は、本報告書における推奨及び将来的な展開を考慮するに際し、議会、裁判所、行政機関に対してリソースとしてさらに利用可能である。

 上でも書いた通り、この米著作権局の報告書は、著作権法との関係は薄く、各州におけるコモンローや州法といったものがなくパブリシティ権等も最高裁の判例によって認めらている日本との関係で直ちに参考になるといったものではないが、デジタルレプリカ(ディープフェイク)に対する個人の保護に関するアメリカにおける現在の議論を簡潔に分かり易くにまとめたものとして非常に興味深いものである。この様な著作権法以外の法律を中心として立法に関してもかなり踏み込んだ見解が報告書が先にまとめられた背景には、米著作権局のパブリックコメントで著作権法以外の法律との関係が主として問題となるデジタルレプリカに対する懸念が多く提起されていた事、著作権局が議会の付属機関である事もあるだろう。

 また、最近のアメリカにおけるAI規制に関する動きとしては、日本でも報道されている様に(時事通信の記事や、朝日新聞の記事参照)、8月末にカリフォルニア州の議会を通過し、今現在州知事の署名を待つ状態になっている、1億ドル以上の開発費のAIモデルに対して安全対策を課すものであるカリフォルニア州法の先端人口知能モデルのための安全安心なイノベーション法がある。

 この儘知事の署名を得て成立し、IT企業が集中するカリフォルニア州の州法として一定の影響を与えて行く事になるかも知れないが、この州法のレベルでも賛否両論が吹き出している事には大いに留意すべきだろう。

 どこの国においてもAIに関する問題として本当に中心として議論すべきは、なぜか真っ先に取沙汰されがちな知的財産法、著作権法との関係ではなく、この様な偽情報対策だろうと私は常に思っている。ただ、上の米著作権局の報告書からも連邦レベルでの議論はアメリカでもまだ十分に煮詰まってない事が見て取れ、今年はアメリカの選挙年でもあり、本当の意味で国としてのアメリカのAI規制論の方向性がはっきりと出て来るのはもう少し先の事になるのではないかと私は見ている。

| | コメント (0)

«第500回:欧州連合のAI法(最終施行版の知的財産関連部分)