2025年3月23日 (日)

第510回:閣議決定された人工知能(AI)法案

 先月2月14日に「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律案」(AI法案)が閣議決定され、国会に提出されている。

 この法案は知財とは直接関係するものではないが、今後の日本におけるAI関連政策検討に関して一定の意味を持つものと思うので、ここで取り上げておく。

 その概要としては、内閣府の国会提出法案ページ概要(pdf)に書かれている通り、総理大臣及び国務大臣を構成員とするAI戦略本部を設置し、AI基本計画を作り、国がAIに関する情報収集や情報提供などを行うというものである。

 法律案(pdf)要綱(pdf)も参照)から、特にポイントとなる部分を見て行くと、まず、第2条に人工知能の定義が以下の様に書かれている。

(定義)
第二条 この法律において、「人工知能関連技術」とは、人工的な方法により人間の認知、推論及び判断に係る知的な能力を代替する機能を実現するために必要な技術並びに入力された情報を当該技術を利用して処理し、その結果を出力する機能を実現するための情報処理システムに関する技術をいう。

 ここで、この定義について政府内でどの様な検討が行われたのかは不明だが、「人工知能関連技術」とは、「人工的な方法により人間の認知、推論及び判断に係る知的な能力を代替する機能を実現するために必要な技術」等とされている。この定義はほぼトートロジーと言えなくもないが、「人間の認知、推論及び判断に係る知的な能力を代替する」と、あたかもAIが人間の高度な知的能力を代替するものであるかの様な書き方がされた事には全く首肯できない。

 私は、現時点でAIが人間の知的能力を有すると思わせる様な定義をする事は踏み込み過ぎであろうと、パブコメで書いた意見の通り(第506回の追記参照)、「大量の計算リソースを使う機械学習を用いたものであって利用者側の簡単な指示の入力によって対応する情報の出力が可能なシステム又はサービス」といった、より限定的で人工知能の知的な能力について言及しない形の方が良いとなお思っているが、長期的に大きな意味を持つであろうこの法律上のAI技術の定義について再検討されそうにないと思われるのは非常に残念である。

 この点で、欧州連合(EU)のAI法の第3条第1項でも、

'AI system' means a machine-based system that is designed to operate with varying levels of autonomy and that may exhibit adaptiveness after deployment, and that, for explicit or implicit objectives, infers, from the input it receives, how to generate outputs such as predictions, content, recommendations, or decisions that can influence physical or virtual environments;

「AIシステム」とは、様々な自動化のレベルで動作するよう設計され、配置により適応性を示す事が可能であって、明示の又は暗黙の目的のために、それが受けた入力から、物理的な又は仮想の環境に影響を与え得る、予想、コンテンツ、提案、決定の様な出力をどの様に生成するかを推定する機械に基づくシステムを意味する。

と、比較的細かく、かつ、AIとはあくまで環境に影響を与え得る出力を入力から生成する自動機械に過ぎない事を念頭に置いた定義がされているのである。(EUのAI法の欧州議会可決版については第481回、最終施行版については第500回参照。なお、実質的にはそれほど大きな変更ではないと思うが、第481回で訳出した欧州議会可決版から、配置による適応や入力がある事、出力としてのコンテンツの明記がされるなどの細かな修正が入っているので、最終施行版の定義をここで念のためもう一度訳出した。)

 次に、第3条に基本理念が以下の通り書かれている。

(基本理念)
第三条 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進は、科学技術・イノベーション基本法第三条に定める科学技術・イノベーション創出の振興に関する方針及びデジタル社会形成基本法第二章に定める基本理念のほか、この条に定める基本理念に基づいて行うものとする。

 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進は、人工知能関連技術が、その適正かつ効果的な活用によって行政事務及び民間の事業活動の著しい効率化及び高度化並びに新産業の創出をもたらすものとして経済社会の発展の基盤となる技術であるとともに、安全保障の観点からも重要な技術であることに鑑み、我が国において人工知能関連技術の研究開発を行う能力を保持するとともに、人工知能関連技術に関する産業の国際競争力を向上させることを旨として、行うものとする。

 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進は、人工知能関連技術の基礎研究から国民生活及び経済活動における活用に至るまでの各段階の関係者による取組が相互に密接な関連を有することに鑑み、これらの取組を総合的かつ計画的に推進することを旨として、行うものとする。

 人工知能関連技術の研究開発及び活用は、不正な目的又は不適切な方法で行われた場合には、犯罪への利用、個人情報の漏えい、著作権の侵害その他の国民生活の平穏及び国民の権利利益が害される事態を助長するおそれがあることに鑑み、その適正な実施を図るため、人工知能関連技術の研究開発及び活用の過程の透明性の確保その他の必要な施策が講じられなければならない。

 人工知能関連技術の研究開発及び活用は、我が国及び国際社会の平和と発展に寄与するものとなるよう、国際的協調の下に推進することを旨とし、我が国が人工知能関連技術の研究開発及び活用に関する国際協力において主導的な役割を果たすよう努めるものとする。

 基本理念は、AIを技術としてその開発及び活用を推進して行くとともにそのリスクも考慮するという極当たり前の事が書かれていて、特筆すべき事がある訳ではないが、この第3条の第4項で、著作権の侵害を助長する恐れがある事が書かれているのは少し気をつけておいても良いかも知れない。これは著作権との関係についての懸念の声が強かったという事を反映したものかも知れないが、ここで言おうとしている事は、AIの学習のための著作物の利用だけでただちに著作権侵害になるといった様な事ではなく、AIの出力を利用する場合、既存の著作物に対して依拠性と類似性を満たせば著作権侵害となり得る事に注意が必要というこれまでの整理通りの事だろう。(日本の文化庁によるAIと著作権の関係の整理については第492回参照。)

 また、今の日本の現状から見てこの様な一般的な協力義務で十分だろうが、事業者と国民の責務については第7条と第8条で以下の様に書かれている。

(活用事業者の責務)
第七条 人工知能関連技術を活用した製品又はサービスの開発又は提供をしようとする者その他の人工知能関連技術を事業活動において活用しようとする者(以下「活用事業者」という。)は、基本理念にのっとり、自ら積極的な人工知能関連技術の活用により事業活動の効率化及び高度化並びに新産業の創出に努めるとともに、第四条の規定に基づき国が実施する施策及び第五条の規定に基づき地方公共団体が実施する施策に協力しなければならない。

(国民の責務)
第八条 国民は、基本理念にのっとり、人工知能関連技術に対する理解と関心を深めるとともに、第四条の規定に基づき国が実施する施策及び第五条の規定に基づき地方公共団体が実施する施策に協力するよう努めるものとする。

 国の基本的施策としては、他にも研究開発の推進に関する条項などもあるが、第16条で情報収集や調査研究に基づき、活用事業者等に指導や助言を行うとしている。

(調査研究等)
第十六条 国は、国内外の人工知能関連技術の研究開発及び活用の動向に関する情報の収集、不正な目的又は不適切な方法による人工知能関連技術の研究開発又は活用に伴って国民の権利利益の侵害が生じた事案の分析及びそれに基づく対策の検討その他の人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に資する調査及び研究を行い、その結果に基づいて、研究開発機関、活用事業者その他の者に対する指導、助言、情報の提供その他の必要な措置を講ずるものとする。

 そして、ここがこの法案の最大の眼目とされる所だろうが、第18条で以下の様に総理大臣及び国務大臣を構成員とするAI戦略本部(ここでは省略するがその設置は第19条以下で定められている)でAI基本計画を決定するとしている。

第十八条 政府は、基本理念にのっとり、前章に定める基本的施策を踏まえ、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する基本的な計画(以下「人工知能基本計画」という。)を定めるものとする。

 人工知能基本計画は、次に掲げる事項について定めるものとする。
 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策についての基本的な方針
 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策
 前二号に掲げるもののほか、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する施策を政府が総合的かつ計画的に推進するために必要な事項

 内閣総理大臣は、人工知能戦略本部の作成した人工知能基本計画の案について閣議の決定を求めるものとする。

 内閣総理大臣は、前項の閣議の決定があったときは、遅滞なく、人工知能基本計画を公表するものとする。

前二項の規定は、人工知能基本計画の変更について準用する。

 私自身は、パブコメで書いた意見の通り(第506回の追記参照)、役所内の部署の統廃合を考えるべきと今でも思っているが、法案に特にその様な事は盛り込まれていないので、やはり役所の焼け太りとなるだろう懸念は拭えない。基本理念にしても、ここの基本計画にしても、現時点で取り立てて問題とするべき規制色が出ているという事がないのは良いが、何にせよ、AIに関する全体的な国の施策という事では、引き続きこのAI戦略本部とその事務局の検討を注視して行く必要があるのだろう。ただし、まず間違いなく知財本部も存続すると思うので、知財との関係については引き続き知財本部で検討されるものと思っている。

 上で書いた通り、定義についてなど多少残念な所はあるが、取り立てて大きな問題があるというものではなく、このAI法案は与野党が対立する様な法案でもないので、昨今の情勢を見るにつけどうなるか良く分からかない所もあるが、国内の政治情勢がよほど大きく荒れる事がなければ国会をじきに通過すると予想している。

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