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2012年8月 5日 (日)

第280回:海賊版対策条約(ACTA)に関するQ&A

 海賊版対策条約(ACTA)の問題点については既に山田奨治氏(twitter)のブログ記事やてんたま氏(twitter)のブログ記事があるのでリンク先をお読み頂ければ十分だと思うが、この8月3日にACTAが参議院本会議で賛成217反対9で可決され衆議院に送られたということもあり、ネットを見ていると根拠のない憶測や不正確な理解に基づく意見も散見されるので、前回に続き、ここでも念のため今まで書いて来たことをまとめてQ&A形式で書いておきたいと思う。(ただし、ACTAに関しては今まで散々書いてきているので、今回もあまり目新しいことは書いていない。なお、前回も書いた通り、私は「海賊版対策条約」という略称を使っているが、ACTA(Anti-Counterfeiting Trade Agreement)は、初期の政府の検討では「模倣品・海賊版拡散防止条約」と称されており、最終的に公表された政府訳では「偽造品の取引の防止に関する協定」とされている。)

Q1:ACTAってそもそもどこから来たの?

⇒2005年にグレンイーグルス・サミットで日本の小泉首相(当時)が模倣品・海賊版防止のために法的な枠組みを作る必要性を言い出したのがACTAの発端となっています。当時の自公政権の大臣連や官僚たちが実際のところ何を考えていたのか良く分かりませんが、当時海外での日本製品の模倣品・海賊版が問題となっていたことを受け、ほとんど勢いだけで中身をロクに考えずに言い出したのではないかと私は見ています。(ACTAに関する一連の経緯については、第279回参照。)

Q2:ACTAには何が書かれているの?

⇒外務省のHPで公表されているACTAの最終条文(pdf)を見ると、以下のような章立てになっています。

第一章 冒頭の規定及び一般的定義
 第一節 冒頭の規定
 第二節 一般的定義
第二章 知的財産権に関する執行のための法的枠組み
 第一節 一般的義務
 第二節 民事上の執行
 第三節 国境措置
 第四節 刑事上の執行
 第五節 デジタル環境における知的財産権に関する執行
第三章 執行実務
第四章 国際協力
第五章 制度上の措置
第六章 最終規定

詳しい内容については下で書いて行きますが、章立てを見ても分かるように、ACTAは特に新たに知財権を作ろうとするものなく、主として知財権の行使・執行に関するものだということは議論する上で常に念頭に置いておく必要があります。

Q3:ACTAが対象としている知的財産権は商標権と著作権だけなの?

⇒2012年7月31日の参議院外交防衛委員会で八木外務省経済局長が特許権は基本的にACTAの対象外と答えています(参議院審議中継や山田奨治氏の参議院審議に関するブログ記事参照)。ここで、確かに第1章第2節と第13条の注でそれぞれ書かれている通り、第1章第2節の「民事上の執行」について「締約国は、特許及び開示されていない情報の保護についてはこの節の規定の適用範囲から除外することができ」、第3節の「国境措置」について「締約国は、特許及び開示されていない情報の保護がこの節の規定の適用を受けない」のはその通りで、 第4節の「刑事上の執行」と第5節の「デジタル環境における知的財産権に関する執行」では著作権と商標権が対象となるとほとんどの条項で明記しているので、「基本的に」対象とならないと言えなくもないですが、一般的に「知的財産」と書かれている他の部分の条項では特許権も基本的に対象となっていると考えるべきで、ACTAが特許を対象としていないという理解は正しくないでしょう。ACTAとジェネリック医薬品との関係は下で詳しく書きますが、基本的に特許権を対象としていないというより、ACTAは日本国内の特許法に影響しないと言う方が正確です。(これは、ACTA第5条(h)で「知的財産」とは、TRIPS協定(特許庁HPの翻訳参照)第2部第1節から第7節までの全ての種類の知的財産をいうとされている通りです。また、細かな話になりますが、注の書き方で第2節について特許権等を「除外することができる」とされ、第3節について特許権等は「適用を受けない」とされている条文上の差異は重要で、第3節に選択の余地はありませんが、第2節は選択可能なのでここで特許権を除外するかどうかで条約の適用範囲が変わって来ることになります。日本の国内法に大きな影響を与える点ではありませんが、日本政府が第2節で完全に特許権等を除外するとしているのかどうかはなお不鮮明です。)

Q4:ACTAによってインターネットの監視が強化されるの?

⇒ACTAの交渉過程でストライクポリシーなどが議論された形跡がありますが(当ブログのACTA関連記事参照)、最終的にインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)の責任について残されたのは、以下のような第27条第4項です。

第二十七条 デジタル環境における執行
 締約国は、自国の法令に従い、商標権又は著作権若しくは関連する権利が侵害されていることについて権利者が法的に十分な主張を提起し、かつ、これらの権利の保護又は行使のために侵害に使用されたと申し立てられたアカウントを保有する者を特定することができる十分な情報が求められている場合において、オンライン・サービス・プロバイダに対し当該情報を当該権利者に速やかに開示するよう命ずる権限を自国の権限のある当局に付与することができる。このような手続は、電子商取引を含む正当な活動の新たな障害となることを回避し、かつ、表現の自由、公正な手続、プライバシーその他の基本原則が当該締約国の法令に従って維持されるような態様で実施される。

この条項は基本的に情報開示の可能性について書かれているだけで、今のところ日本の現行プロバイダー責任制限法に関してプロバイダーの責任を不当に増やす形での強化を求めているものとは読めません。ただし、表現の自由云々は一般的な記載に過ぎず、ストライクポリシーなどの非道なネット検閲を禁止するとまでは読めないため、今後このような条項を踏み台にしてさらなる権利者団体などがさらなる規制強化の検討を求めてくることは十分あり得るでしょうし、ダウンロード犯罪化との関係でこのような条項が微妙な問題を引き起こす可能性もあり、批准された場合、即座にどうこうということはないでしょうが、残念ながら今後も様々なネット規制強化の検討について十分な注視が必要となって来るでしょう。

Q5:ACTAとダウンロード犯罪化(違法ダウンロード刑事罰化)は関係あるの?

⇒ダウンロード犯罪化に関する国会審議を見ても分かるように(第277回参照)、ACTAによってダウンロード犯罪化がなされたというような直接的な関係はありません。ただし、ダウンロード犯罪化とACTAの関係については精査が必要で、上であげた第27条第4項との関係もそうですが、以下のような刑事犯罪を定める第23条第1項との関係にも注意が必要です。

第二十三条 刑事犯罪
 各締約国は、刑事上の手続及び刑罰であって、少なくとも故意により商業的規模で行われる商標の不正使用並びに著作権及び関連する権利を侵害する複製について適用されるものを定める。この節の規定の適用上、商業的規模で行われる行為には、少なくとも直接又は間接に経済上又は商業上の利益を得るための商業活動として行われる行為を含む。

ダウンロード犯罪化(10月1日施行予定)によって日本は非商業的規模と言って良いだろう著作物の私的なダウンロード(録音録画に限るが)まで犯罪化し、ACTAを完全に超える規制をやってしまっていることになるため、ACTAのレベルでどうこう言うのはある意味難しいのですが、この条項の「商業的規模」の定義は曖昧で、私的な著作物のダウンロードの犯罪化をそのまま求めるものではないにしても、著作権を侵害する複製についてどこまで犯罪化することが必要とされるかという点で、批准された場合、このACTAの条文がネックとなり今後のダウンロード犯罪化条項に関する議論で単純に元に戻すことが難しくなって来ることもあり得るのではないかと私は考えています。

Q6:ACTAと著作権の保護期間延長やパロディ規制、非親告罪化は関係あるの?

⇒ACTAには著作権の保護期間延長やパロディ規制に関する規定はありません。ACTAも全体的に知的財産権の保護強化の傾向を助長することから全く影響がないとまでは言い切れませんが、これらについては基本的に関係ないと考えておいて良いかと思います。これらの問題についてであれば、TPP交渉や文化庁における文化審議会・著作権分科会・法制問題小委員会・パロディワーキングチームの検討の方が遥かに影響して来るように思います。

また、非親告罪化については、第26条に、

第二十六条 職権による刑事上の執行
 各締約国は、第二十三条(刑事犯罪)1から4までに定める刑事犯罪であって自国が刑事上の手続及び刑罰を定めるものに関し、適当な場合には、自国の権限のある当局が捜査を開始し、又は法的措置をとるために職権により行動することができることについて定める。

と書かれていますが、ここは、「適当な場合には」という文言の解釈で、ACTAからは著作権の非親告罪化は求められないと理解できるようです(参議院審議中継や山田奨治氏の参議院審議に関するブログ記事参照)。ただし、この条項の文言にも曖昧なところはあり、批准された場合、その運用に注意して行く必要があるでしょう。

Q7:ACTAで日本法との関係で特に問題となるところは?

⇒上で書いたいくつかの点も気になりますが、他に日本法との関係で特に問題があると私が考えているのは、以下の第9条第3項、第14条第1項、第2項及び第27条第6項です。

第九条 損害賠償
 各締約国は、少なくとも著作物、レコード及び実演を保護する著作権又は関連する権利の侵害並びに商標の不正使用について、次の一又は二以上の事項を定める制度を設け、又は維持する。
(a) 法定の損害賠償
(b) 侵害によって引き起こされた損害について権利者を補償するために十分な損害賠償の額を決定するための推定
 (c) 少なくとも著作権については、追加の損害賠償

第十四条 小型貨物及び手荷物
 各締約国は、小型貨物で送られる商業的な性質の物品をこの節の規定の適用対象に含める。

 締約国は、旅行者の手荷物に含まれる少量の非商業的な性質の物品については、この節の規定の適用から除外することができる。

第二十七条 デジタル環境における執行
 各締約国は、5に規定する適当な法的保護及び効果的な法的救済について定めるため、少なくとも次のことについて定める。
(a) 自国の法令の範囲内で次の行為から保護すること。
(ⅰ) 効果的な技術的手段の許諾されていない回避行為であって、そのような行為であることを知りながら、又は知ることができる合理的な理由を有しながら行われるもの
(ⅱ) 効果的な技術的手段を回避する手段としての装置若しくは製品(コンピュータ・プログラムを含む。)又はサービスを販売して公衆に提供する行為
(b) 次の要件を満たす装置若しくは製品(コンピュータ・プログラムを含む。)を製造し、輸入し、若しくは頒布する行為又は次の要件を満たすサービスを提供する行為から保護すること。
(ⅰ) 主として効果的な技術的手段を回避するために設計され、又は生産されていること。
(ⅱ) 効果的な技術的手段を回避すること以外の商業上の重要な目的が限られていること。

必須とされている訳ではありませんが、第9条で日本法に存在しない法定賠償に関する記載がある点は今後の日本における各種の検討において微妙な影響を与えて行くことがあり得るでしょうし、第14条で旅行者の手荷物の少量物品の検査をきちんと日本政府が除外しようとしているかどうか明確でなく、旅行者のiPodの中までチェックしようとするような規制強化の検討が今後されるようなことがないようきちんと見て行く必要があるでしょう。

また、DRM回避規制の部分については、実のところACTAを背景とする規制強化を含む不正競争防止法と著作権法の改正が既に成立してしまっていますが(第279回第266回参照)、これらの改正にはACTA以外に何ら納得の行く根拠・背景があったとは思われず、この部分こそが日本法との関係で考えた時のACTA最大の問題点だと私は考えています。詳しいことは過去の記事を読んで頂ければと思いますが、これらの法改正には私はなお反対で、元に戻す以上の規制緩和が必要だと考えていますし、このような明らかなポリシーロンダリングがあったからこそ私はACTAに反対しています。

Q8:表現の自由やプライバシーの尊重などが条文に書かれているが?

⇒上でも書きましたが、表現の自由やプライバシーの尊重などに関する記載は一般的なものに過ぎず、ストライクポリシーなどの非道なネット検閲を禁止するとまでは読めず、ACTAはこれらの基本的な権利に対する保障が不十分であると言わざるを得ません。

Q9:ACTAとジェネリック医薬品との関係は?

⇒ジェネリック医薬品(特許権切れの後発医薬品)の問題は複雑です。確かにACTAに直接的にジェネリック医薬品のことを規定する条文はなく、批准によって直接的に日本の特許法が改正され、国内でのジェネリック医薬品の流通が阻害されるということはないでしょう。ただし、第2章第2節の「民事上の執行」で特許権等を除外せずに批准する国もあり得ることを考えると、例えば、第5節第27条第1項の

第二十七条 デジタル環境における執行
1 各締約国は、第二節(民事上の執行)及び前節(刑事上の執行)に定める範囲内の執行の手続によりデジタル環境において生ずる知的財産権の侵害行為に対し効果的な措置(侵害を防止するための迅速な救済措置及び追加の侵害を抑止するための救済措置を含む。)がとられることを可能にするため、当該手続を自国の法令において確保する。

という規定との関係で、ジェネリック医薬品の国境を超えたネット取引を考えた時に、本当にACTAが完全に関係ないと言い切れるかどうか微妙なところがあります。(あまりに微妙なところなので、今の国会審議のレベルで果たしてここまで議論できるかどうか甚だ疑問ですが。)

Q10:欧州議会ではなぜACTAが否決されたの?ACTAについて世界的に批判されているところは?

⇒詳しくは前の記事(第278回参照)をお読み頂ければと思いますが、欧州議会は主として、

  • ACTAの交渉が極めて不透明に行われ広く国民的な議論が全くなされて来なかったこと
  • 結果として、ACTAの条文が曖昧となっており、表現の自由やプライバシー、個人情報保護の権利などを害するような各国法制をもたらす危険があること
  • 特に、非商業的規模の個人による著作権侵害に対する刑事訴追や、ISPなどによる通信の監視・ISPの著作権警察化をもたらす危険性が高いこと

を問題としてACTAを否決しています。世界的にACTAに対する批判が渦巻いているのも、同じく、検討過程が極めて不透明だったこと、政府のポリシーロンダリングにより著作権保護強化を言い訳に各種のネット規制の強化が正当化される懸念が強いことが原因です。

Q11:欧州議会否決後のACTAを巡る世界の情勢は?

⇒参議院の審議で日本政府(玄葉外務大臣)は6か国の批准でACTAは発効すると苦し紛れの言い訳をしていますが、欧州で特に危険だとして否決されたACTAをわざわざ好きこのんで批准するような国は少ないでしょうし、もはやこの6か国の批准すら覚束ないのではないかと私は踏んでいます。実質この欧州議会の否決でACTAは世界的には死んだも同然ではないかと思います。(実際のところあまり直接的な関係はないのですが、主導国である日本がこのタイミングでダウンロード犯罪化をやったことも世界的にACTAの危険性を印象づけることに一役買うと見て間違いないでしょう。)

Q12:それでも、日本の製品やコンテンツの模倣品や海賊版が出回っている国で批准されれば日本にとって意味があるのでは?

⇒模倣品や海賊版が多い国として良く持ち出される国はまず中国ですが、中国は交渉に始めから入っておらず、署名する気配すらありません。ACTAに関しては日本は当初から完全にデタラメな外交的間違いを繰り返しており、中国に限らず模倣品や海賊版で特に問題となっている国の巻き込みに今後も成功するとは到底思えません。

Q13:日本において今急いでACTAを批准する意味は?

⇒上で書いたように、欧州議会の否決を受けてACTAは世界的には実質死んだに等しく、日本が今急いでACTAを批准する意味は何もありません。危険な条約を主導し自分たちだけで勝手に国内法の改正までして批准したが結局他の国はただの1つもついて来なかったという国際的汚名だけが未来永劫残るという最低最悪の結果に終わることも十分に考えられます。

Q14:日本として考えた時のACTAの問題点は?

⇒上で書いたことの繰り返しになりますが、日本として考えた時のACTAの問題点は、

  • ACTAの交渉が極めて不透明に行われ広く国民的な議論が全くなされて来なかったこと
  • そのような不透明な条約交渉を通じたポリシーロンダリングによってACTA以外に何ら納得の行く根拠のないDRM回避規制の強化が不正競争防止法と著作権法のそれぞれの改正によって行われこと
  • DRM回避規制の強化含め今までの非道な数々の規制強化を既成事実化しかねないこと
  • ACTAの曖昧な条文を踏み台にして今後さらなる非道な規制強化の検討が行われる恐れがあること
  • 外交的にも完全に失敗しており、ACTA批准について日本にとっての国家戦略上の理由が完全に欠如していること

になるのではないかと思います。参議院の審議でもこのような問題点についてほとんど顧みられることなく、ほとんど出来レースの審議がなされており(参議院審議中継や山田奨治氏の参議院審議に関するブログ記事参照)、次は衆議院に移りますが、今の国政の状況を考えると今後の審議も政局に振り回される恐れが強く非常に不安です。

(2012年8月5日の追記:1箇所誤記を改めた。)

(2012年8月6日の追記:1箇所誤記を改め、少し文章を整えた。)

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ナデシコおめでとう、決勝進出! 今晩はメンズだ。もしサッカー男女とも金だったらどうしよう。それに卓球だってあるぞ。 この際、キンキンいって五月蠅いヤツラを黙らせちゃおう! [続きを読む]

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