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2010年1月13日 (水)

第210回:表現の自由の一般論(その1:表現の自由の意味と関係する基本的な権利)

 表現の自由に関しては、今まで折に触れて、個別の問題と絡めて書いて来ているのだが、個人的にきちんとしたまとめを書いておきたいとずっと思っていた。今回から、途中他の話を挟むかも知れないが、数回に渡って、表現の自由に関する一般論を書いて行きたいと思う。ただし、最初に、以下はあくまで個人的なまとめであることをお断りしておく。wikiでも良いのだが、より詳しくは、芦部信喜先生の「憲法」、「憲法学」、佐藤幸治先生の「憲法」、伊藤正己先生の「憲法」、長谷部恭男先生の「憲法」、浦部法穂先生の「憲法」等々の著名な憲法学の教科書を直接ご覧頂ければと思う。

(1)表現の自由の意味
 基本的人権の中でも最重要の権利として、自由の中の自由、自由な民主主義社会の最重要の基礎と言われる表現の自由だが、最近の動きを見ていると、この極めて貴重な自由の享受を当たり前のように思うことから来る気の緩みの中で、その真の意味が世界的に見失われる中、自由でなくてはならない表現を恣意的に規制することで個人の生活と安全が保障されるというキチガイ染みた妄言・暴論を吐く規制派の台頭を許したことが、世界的な情報政策の迷走の最大要因になっているように思われてならない。

 憲法の第21条で、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と、世界人権宣言の第19条で「すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む」と、国際人権規約のB規約第19条で「すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む」と書かれている表現の自由の古典的な意味については、上記の各教科書にも書かれているが、およそ、表現の自由には、個人が表現活動を通じて自己を発展させるという自己実現の意味、表現活動によって政治的意思決定に参加するという自己統制の意味があるとされている。

 表現の自由によって確保される思想・情報の自由市場の中で、各個人が、自由に意見・情報を表明・交換し、その中から責任を持って情報の取捨選択を行い、自ら行動を決定し、政策決定に関与して行くということ、この自由によって保障される自由な議論の中で国として最も合理的な判断が選択されるようにして行くことこそ、民主主義の要諦であって、表現の自由は、これが無ければおよそ民主主義などなり立たないと断言できる、民主主義の最重要の基礎である。

 当然のことであるが、表現の自由は、あらゆる表現と表現媒体に及ぶのであり、無論インターネットにも及ぶ。国際人権規約に明確に謳われている通り、国境も関係ない。表現の政治性、芸術性、営利性などから表現を区別して、表現の内容により表現の自由を享受できる程度が異なるとする考えを取る者もいるが、このような、情報・表現に関する判断を「誰」が「いつ」「どこで」「どのように」行うのかという問題を等閑視し、何かしらの絶対的基準、特定のイデオロギーを物差しとして情報・表現の価値を決められると、一部の者が恣意的に情報・表現の価値を決めて良いとするに等しい考え方を私は取り得ない。表現の自由もまた絶対無制約では無いが、情報・表現の評価は常に相対的にしかなされ得ないものであり、その評価にあたっては必ず状況に応じたケースバイケースの慎重な判断が必要となることを忘れてはならない。(第76回で書いた通り、私は、現行のポルノ規制についても、その根拠は実に薄弱であり、そもそも広汎に過ぎ違憲であるとする立場を取る。)

 このことについても誤解している者がたまに見られるが、表現の自由に関する問題は多数決の問題では無い。表現の自由は、少数の表現・意見・思想を単にそれが少数であることのみをもって規制・弾圧することを許さないことも保障しているのである。具体的な被害・加害行為を超えて、多数の者がその表現について気に食わないということのみをもって、少数の者の表現・思想・意見を規制・禁圧・弾圧できる状況では、自由な情報の発信と選択による理性的な自己実現と自己統制に基づく民主主義政治は望むべくも無い。表現の自由の保障には、少数の者の意見・思想を尊重し、自分の判断を一方的に他人におしつけない寛容の精神を養う意味もあるのである。

 さらに、これらの教科書に載っているような古典的な政治的理由に加えて、情報化が進んだ現代社会の活動と発展は自由な情報の伝達をその最大の基礎としていると、表現の自由は既にあらゆる文化・経済活動の最大の基礎となっているとも言えるだろう。私人あるいは私企業間の情報の伝達について、公権力が恣意的に介入し得るという状況では、もはやいかなる文化活動もビジネスも安定的に行うことはできないだろう。

 この情報化時代にあって、あらゆる政治・文化・経済活動、国民の幸福の最大かつ不可欠の基礎としての表現の自由の意味と重要性は増しこそすれ減っていることは無い。

 自由とは何か、表現の自由とは何かという問いは、永遠に真の解の出ない問いの1つだが、それでも、この問いから目を逸らすことはあってはならない。人類の歴史を通じて、いつでも政策の最前線はこの問いとの戦いの中にあったし、今後もあり続けることだろう。

(2)表現の自由に含まれる、あるいは関係する基本的な権利
 また、これも分かっている人間には言わずもがなであるが、表現の自由を支えているのは何もいわゆる「表現の自由」だけでは無い。今回、個別の細かな論点まで突っ込んだ話をするつもりは無いが、憲法第21条で「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と明確に書かれている通り、まず、言論や出版の自由(報道・取材・放送の自由なども含め)などとともに、集会や結社などの集団的表現活動の自由も保障されている

 さらに、第75回で書いたように、表現の自由には、消極的な情報入手・収集権も含めた知る権利・情報アクセス権が含まれている。個人の自由な思想・意見形成の当然の前提として、自由に情報を入手できることが保障されていなければならない。

 同じ第21条の第2項で「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」と書かれていることからも明らかなように、検閲の禁止と通信の秘密は表現の自由と密接な関係を有している。表現の自由から当然に導かれることであるが、公権力あるいはそれに準じる機関が、発表されるべきあるいは発表した表現の内容を事前・事後に審査して、その表現の発表・流通を完全に抑制することは許されない。通信の秘密も通信の内容はもとより、情報の発信人・受信人・通信の日時など通信に関する全ての事項に及ぶものであるが、このような通信の秘密が守られない状況では、いかなる情報も安心して伝達することはできないだろう。(検閲の禁止について、過去の最高裁の判決(税関検査に関する昭和59年12月12日の判決(pdf)や教科書検定に関する平成5年3月16日の判決(pdf)など)から、あたかも検閲の禁止が事前規制のみに限られるかの如きことを言っている役所もあるが、学説上必ずしもそのような狭い解釈が取られている訳ではなく、これらの最高裁判決自体、昨今のインターネットの普及を踏まえたものでなく今日もなお通用するかどうか怪しいものである。今日ではインターネット上でしか発表・流通の機会を持たない表現物が既に多く存在しているのであり、例え事後規制だろうと、そのような表現物の発表・流通を完全に抑制しかねない規制は、やはり検閲に該当するとする方が妥当であると私は考えている。)

 また、憲法第19条で「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と、第20条で「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」と明確に書かれている通り、表現の自由の前に、精神的自由の基礎をなすものとして、思想・良心・信仰(内心)の自由がある。国民がいかなる思想を抱こうと、それが内心にとどまる限りは完全に自由であるということであり、国家権力が、国民に特定の思想を強制すること、特定の思想によって不利益な取り扱いをすること、個人が内心で抱いている思想について直接的間接的に聞き出すことは許されないのである。

 憲法第23条で「学問の自由は、これを保障する」と書かれている、学問の自由も、表現の自由と重なるところが多い、精神的自由の1つである。(学問の自由と著作権規制の関係も興味深い論点を提供するが、ここではひとまずおく。)

 憲法第13条で「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と書かれているところの、幸福追求権を主要な根拠として、判例上明確に認められている権利として、プライバシー権(私生活に干渉されない権利、自己に関する情報をコントロールする権利、自己決定権)と肖像権がある。どちらかと言えば表現の自由と衝突する形で持ち出されることが多い権利ではあるが、これらも、個人の情報の自由に関する基本的な権利として極めて重要なものである。

 このような国民の自由に関する基本的な権利を制度的に保障する上で、憲法第31条で定められている罪刑法定主義・推定無罪の原理、第32条で定められている裁判を受ける権利、第34条から第37条で定められている令状主義、住居等の不可侵、弁護を受ける権利、刑事裁判公開の原則、証人審問権、第38条で定められている自己負罪拒否権(自己に不利益な供述を強要されない権利、強制等による自白の証拠能力の否定、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には有罪とされることが無い権利)、第39条で定められている遡及処罰の禁止などが極めて重要な意味を持つ。(さらに元をたどれば、三権分立の原理も極めて重要である。)

 表現の自由や通信の秘密、検閲の禁止、罪刑法定主義、推定無罪の原理、裁判を受ける権利等々といった原理は全て密接に結びついて、人の最も貴重な精神的自由を保障しているのであり、このような人権思想は、東西の哲学者が長年にわたり営々と築き上げてきた英知の結晶である。違法コピー対策問題において権利者団体が、児童ポルノ法規制強化問題・有害サイト規制問題において自称良識派団体が、あるいはこれらと結びついた御用学者や御用記者が、常に一方的かつ身勝手に非人道的な妄言・暴論を吐き、これと癒着した規制官庁・規制議員が、憲法無視も甚だしい形で危険な規制強化を推進している現状を見るにつけ、私は暗澹とした気持ちにならざるを得ないが、こうした権力の暴走、権力の濫用を招く危険な規制を規制するためにこそ憲法が存在しているということはまずあらゆる者が知っていてしかるべき法学の基本中の基本である。

 今の日本国憲法は、解釈の問題こそあれ、国民の精神的自由権に関する限り非常に良くできている。今の日本でアメリカのレッシグ教授のような戦う憲法学者が出て来ることは望み薄だが、個人の権利に関する闘争において、学者であるか否かは問題では無い。先人がその血で贖った人類の最も貴重な遺産、この現代にあってより一層その重要性を増している、これらの基本的な権利に関する原理は、今の危機的状況にあって必ず守られなければならないものである。憲法に関する議論の重要性は今なお増しこそすれ、減ってなどカケラも無い、私はあらゆる者に憲法論の重要性を知ってもらいたいと思っている。

 国土はその肥沃によって耕されるのではなく、その自由によって耕される。常に自由の中にこそ未来はあるのである。法律を作る者、法律を運用する者、法律を解釈し適用する者が、今のようにこぞって自由の意味を忘れ、権力に酔い痴れて暴走を続ける限り、日本からはさらに10年でも、20年でも失われることだろう。

 最後に、最近のニュースも少し紹介しておくと、第206回で取り上げたイギリス版の3ストライク法案にについて、またどこか切りの良いところで紹介したいと思っているが、早速数々の修正案が出されているようである(PaidContentの記事TorrentFreakのブログ記事参照)。

 第204回で、スペインでも著作権検閲法案が検討されているという話を少し紹介したが、権利者団体から文化省にサイトに対する訴えを出し、文科大臣が傘下の知的財産権委員会にチェックを要請し、サイトが著作権侵害をしていると知的財産権委員会が判断したら、この委員会が裁判所に訴え、裁判所がその訴えを元にサイトのブロッキングを判断するという形(フランスの公的機関に該当するのが、スペインでは、文化省の知的財産権委員会になり、与えられる罰が、フランスではユーザーのシャットダウンだったものが、スペインではサイトのブロッキングになっているという違いである)で、ロクに本質的な議論を経ないまま国会へ提出がされたようである(El Paisの記事(スペイン語)参照)。サイトのブロッキングという、より直接的な検閲であるという点で、スペインの案はフランスの3ストライク法よりなお悪い。第204回でも少し書いたように、スペインでも反対運動が強く起こっており(Publico.esの記事(スペイン語)によると、既に市民、専門家、アーティストとネットユーザーの連合ができ、このような法案は国民の基本的権利を侵害するものと訴えているようである)、国会審議はやはり揉めることになるだろう。

 3ストライク法の施行前に既に混乱の兆候を見せているフランスでは、政府の諮問委員会が、グーグルなどのネット企業やインターネットサービスプロバイダ(ISP)に特別税を課すべきとする無茶な報告書を政府に提出し、波紋を広げている(ITmediaの記事Cnetの記事Le Mondeの記事(フランス語)参照)。さすがにサルコジ大統領率いる非道な著作権強権国家フランスにおいても、3ストライクに加えてネット税を課すという悪辣かつ強欲なデタラメは通らないとは思うが、フランスでも、著作権団体は政治力を不当に行使してこのようなデタラメを押し通そうとしてくることだろう。(なお、付言すれば、ITmediaの記事中で言及されている、コンテンツ学割バウチャー政策についても、ネットにおけるコンテンツビジネスがまだ流動的な状態で、政府が政策的にビジネスに介入することで、将来に渡ってビジネス環境を歪めるリスクがある。ネットにおけるコンテンツビジネスが完全に失敗すると予想され、かつ、既存のコンテンツ事業者のビジネスモデルを維持しなければ文化の十全な保護が図れないという状況においてのみ、このような政策は是認され得るが、今のところ、そのような状況にはまだおちいっていないのではないかと私は思う。政策的に不合理な金の流れを作ると将来に大禍根を残すことになるのは、私的録音録画補償金制度を見ても分かることであり、グーグル税あるいはプロバイダー税、既存の情報伝達媒体・コンテンツ事業者等への補償の導入などの議論はまだ時期尚早と私は考えている。)

 また、1月14日には、青少年問題協議会の第2回総会が予定されており、第201回でその問題点について書いた答申案を、東京都がとりまようとしている(開催案内参照)。この日は出来レースでまとめて来ることだろうが、この話も答申をまとめて終わりというものでは無い、この話はまだまだ続くだろう。

 1月20日には、文化審議会・著作権分科会・法制問題小委員会の第7回の開催が予定されている(開催案内参照)。その議事要旨だけでは何がどうなっているのかさっぱり分からないが、どのような方向性を出してくるか、権利制限の一般規定(フェアユース)ワーキングチームの報告は要注目である。

 次回は、今回の話の続きで表現の自由における違憲基準の話を書きたいと思っている。

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コメント

はじめまして、水色の騎士と申します。
このエントリにトラックバックさせていただいたのですが、先頭の文(トラックバック欄に表示される)に誤りがありました。

× 賛成意見と「反対意見に関する見解」に対する反論に突っ込んでみたいと思う。
○ 賛成意見と「反対意見に関する見解」に突っ込んでみたいと思う。
(本文は既に修正済み)

どうやらコピペするうちに文章がこんがらがったようです。よりにもよって先頭の文で…。
ご迷惑をおかけしてホントに申し訳ありません。慎んで訂正と謝罪を申し上げます。

投稿: 水色の騎士 | 2010年1月17日 (日) 21時12分

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