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2009年12月 2日 (水)

第202回:東京都青少年問題協議会答申素案に対する提出パブコメ

 前回取り上げた東京都の「青少年問題協議会」の答申素案(pdf)概要(pdf))に対するパブコメ(12月10日〆切。東京都のリリース参照)を書いて提出した。今まで書いて来た内容をまとめたものに過ぎないが、誰かの参考になるかも知れないので、ここに載せておく。

 繰り返しになるが、この東京都の青少年問題協議会の答申素案の内容はあまりにも非道いものであり、可能な限り多くの方にこのパブコメは出してもらいたいと私は思っている。

(以下、提出パブコメ)

1.氏名:兎園
2.連絡先:

3.意見概要

 全体として危険極まりない規制強化のことしか書かれていない本答申素案は全て白紙に戻すべきであり、このように有害かつ危険な規制強化の素案しか出せないような青少年問題協議会は即刻解散するべきである。

 特に、推奨携帯電話認定制度の創設、インターネット事業者に対する公的機関への通報義務等導入・メール検閲の都からの要請、携帯フィルタリング完全義務化、フィルタリングに関する第三者機関に対する都の介入、条例による児童ポルノの単純所持規制の導入、児童ポルノの単純所持規制導入の都から国に対する要請、ジュニアアイドル誌の販売等に関する自主規制の申し入れ、ジュニアアイドル誌の児童ポルノ法改正による規制の都から国への要請、極めて曖昧な概念に基づく漫画やアニメ、ゲーム等あらゆる架空の表現に対する規制の都から国への要請、児童ポルノ等を理由としたブロッキング、根拠の無い不健全図書指定の対象拡大、性行為に関する描写が含まれているということのみを理由とした漫画などあらゆる架空の表現物に対する包括的な規制の導入、青少年保護という条例の目的を大きく逸脱する、不健全図書指定に基づく都による改善勧告制度の導入に反対する。

 替わりに以下の4つのことを行うことを強く求める。
・青少年ネット規制法の廃止を都から国に要請すること。
・出会い系サイト規制法を改正前の形に戻すことを国に要請すること。
・児童ポルノを理由とした非道な人権侵害を防ぐため、児童ポルノを対象とするものにせよ、いかなる種類のものであれ、情報の単純所持・取得規制・ブロッキング、架空の表現の規制は極めて危険な規制であるとの認識を深め、このような非人道的な規制は絶対に行うべきではないと国に要請すること。
・児童ポルノ規制に関して必要なことは、現行ですら曖昧にすぎるその定義の厳格化のみであると国に申し入れること。

 今後は、恣意的な運用しか招きようのない危険な規制強化の検討ではなく、情報に関する各種問題は情報モラル・リテラシー教育によって解決されるべきものという基本に立ち帰り、地道な施策のみに注力する検討が進むことを期待する。

4.意見
(答申素案全体について)

 この答申素案はあまりにも非道く、地方自治体の報告書として到底読むに耐えないものであり、首都東京が人口が最も集中する日本最大の都市であることから、その有害かつ危険な影響は日本全国に及ぶと考えられ、私自身は東京都民ではないが、このような危険極まる動きを見かねてここに意見を提出するものである。

 ほぼ徹頭徹尾、規制を推進しようとする者の有害かつ危険な暴論・妄言を垂れ流したものに過ぎない、この答申素案は全て白紙に戻すべきであり、このように有害かつ危険な規制強化の素案しか出せないような青少年問題協議会は即刻解散するべきである。例え、今後、この種の問題に対する検討を再開する必要が出てくるとしても、都民の声がきちんと反映されるように、そのメンバー選定から細心の注意を払い、そのメンバー選定自体についてパブコメを募集してから検討を開始するべきである。

 この答申素案は、問題点の把握からほぼ全て間違っており、小手先の修正ではどうにもならない。全て白紙に戻されるべきと思っており、この部分だけを直せば良いというものでは全くないが、以下、特に問題のある方向性を指摘して行く。

(1)「第1章 ネット・ケータイに関する青少年の健全育成について」(第3ページ以降)について
 第23ページの「(ア)青少年にとって安全で安心な機能を備えた携帯電話等を都が推奨する制度を創設する」において、「子どもの安全・安心の確保の観点から必要な機能のみを備えた携帯電話等について、事業者の申請に基づき都が推奨する制度を創設し(中略)推奨基準を策定する機関と認定する機関を別途のものとし、新規の携帯電話等の開発状況に応じて適切に基準を更新するとともに、中立な立場から認定を行う仕組みとする」と書かれているが、携帯電話においてニーズを反映した機能に関する競争環境がきちんと保たれているようであれば、このような推奨制度など全く必要ない。このような機関は単なる都庁の天下り先として機能し、その天下りコストが携帯電話端末に全て転嫁される恐れが強く、かえって、携帯電話端末における正常な競争が阻害され、利用者が真に必要とする安心・安全な端末の開発が妨げられ、全体として利用者の不利益となる恐れが極めて強い。このような制度は決して創設されるべきでない。

 第24ページから第25ページの「(ア)子どものネット・ケータイ利用状況を保護者が管理できるサービスや、青少年が安心して利用できる携帯電話等の提供を促すための要請を行う」において、「サイト運営事業者等、インターネット接続事業者、携帯電話等事業者等は、青少年が援助交際(売春)・買春相手の勧誘に係る書き込みや他人に害悪や迷惑を与えるメールの発信等の不健全な行為を行った場合は、削除のみならず、注意、勧告、利用制限、脱退措置、違約金の徴収、解約等を行うとともに、その事実を公的機関に情報提供する旨の規約又は約款を設けることが適当であり、その旨都から要請する」と書かれているが、公的機関への通報義務などは、安直に入れると過大な義務とリスクをインターネット上に発生させることになりかねないものであり、非常に慎重に検討しなければならない問題である。また、ここで行為としてメールの発信が含まれており、インターネット事業者にメールの検閲をやらせようとしていると見えるが、これは、通信の秘密や検閲の禁止などの憲法にも規定されている国民の基本的な権利を完全に侵害するものとならざるを得ない。このような対策においては、インターネットにおける責任とリスクの分配に関する慎重な検討が必要であり、現時点でこのような要請をするべきでは無い。特に、このような対策については、通信の秘密や検閲の禁止、プライバシーの権利などの憲法にも規定されている国民の基本的な権利を保障しつつ検討が進められなくてはならないのは無論のことである。

 第28ページの「(イ)青少年が使用する携帯電話等については、原則としてフィルタリングを解除できないようにするとともに、保護者によるフィルタリング解除の申出を受け入れるべき正当な事由を限定的に定め、容易にフィルタリングを解除できない仕組みを制度化する」において、「青少年が使用する携帯電話については、原則としてフィルタリングを解除できないようにすべきであり、(中略)事由を限定的に定め、携帯電話等事業者はこの事由に該当する場合のみ例外的に申出を受け入れる仕組みの制度化を、都において検討すべき」と書かれており、東京都は、子供のフィルタリングに関する選択権すら親から奪い、完全に携帯フィリタリングを義務化することを考えているようであるが、このような携帯フィルタリングの完全義務化は、親に子供に対する判断能力・責任能力は無いとするに等しく、完全に市民をバカにした施策であり、検討すらされるべきではない。

 この答申素案により都が導入を目論んでいるほど非道な完全義務化ではないが、携帯フィルタリング義務化は青少年ネット規制法(正式名称は、「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律」)にも規定されている。しかし、そもそも、フィルタリングサービスであれ、ソフトであれ、今のところフィルタリングに関するコスト・メリット市場が失敗していない以上、かえって必要なことは、不当なフィルタリングソフト・サービスの抱き合わせ販売の禁止によって、消費者の選択肢を増やし、利便性と価格の競争を促すことだったはずである。この青少年ネット規制法は、一昨年から昨年にかけて大騒動になったあげく、ユーザーから、ネット企業から、メディア企業から、とにかくあらゆる者から大反対されながらも、有害無益なプライドと利権の確保を最優先する一部の議員と官庁の思惑のみから成立したものであり、一ユーザー・一消費者・一国民として全く評価できないものであり、速やかに廃止が検討されるべきものである。この青少年ネット規制法を超え、現実を無視した規制強化を推進しようとすることほど有害無益なことは無く、この点において、東京都がなすべきことがあるとしたら、青少年ネット規制法の廃止を都から国に要請することのみである。

 また、去年の出会い系サイト規制法の改正についても、警察庁が、どんなコミュニケーションサイトでも人は出会えるという誰にでも分かることを無視し、届け出制の対象としては事実上定義不能の「出会い系サイト事業」を定義可能と偽り、改正法案の閣議決定を行い、法案を国会に提出したものであり、他の重要法案と審議が重なる中、国会においてもその本質的な問題が見過ごされて可決され、成立したものである。この改正は、憲法上の罪刑法定主義や検閲の禁止にそもそも違反し、表現の自由などの国民の最重要の基本的な権利をないがしろにするものであり、この点においても、東京都がなすべきことがあるとしたら、出会い系サイト規制法の改正前の形に戻すことを国に要請することのみである。

 第28ページから第29ページの「(エ)フィルタリングから除外されるべきサイトの基準について、実態に照らし、青少年が実際に被害に遭わないものにするため、条例への規定や第三者機関への要請等を行う」及び「(オ)第三者機関認定サイトを標準設定で閲覧可能にしてしまうフィルタリング方式の在り方について、携帯電話等事業者に対して見直しを要請する」において、「望ましいフィルタリングの水準に関する規定を条例に盛り込むなどして、フィルタリング開発事業者及び第三者機関に対して注意喚起を行う」こと、及び、都による「フィルタリング基準への見直し等」や第三者機関の「認定基準の見直し」の要請、「第三者機関の認定の有無のみにとらわれず、コミュニティ機能を有したサイトについてはフィルタリングにより遮断することを基本とし」、都によるブラックリスト方式のホワイトリスト方式化することを要請することなどが書かれている。しかし、国なり地方自治体なりが、こうして本来自由であるべき市民の情報アクセスに介入し、圧力をかけようとすることは、憲法に規定されている、民主主義の最重要の基礎である表現の自由を明らかに侵害することであり、これらのような要請は一切なされるべきではない。人間の行為から引き起こされる問題をコミュニケーションの場の所為にすることには、常に危険な論理のすり替えがあるのであって、このような規制強化は、そもそも最初からアプローチが完全に間違っている。誰であろうが、人と人とのコミュニケーションを止めることは最後できないことを思えば、本当に重要なことは、インターネットに散らばる膨大な情報を自ら取捨選択する情報リテラシー能力であって、この能力を高める本当の国民教育抜きにしては、いかなる規制も意味をなさない。上でも書いたように、フィルタリング規制に関して都がなすべきことは、青少年ネット規制法の廃止を要請することのみである。

 今後は、恣意的な運用しか招きようのない危険な規制強化の検討ではなく、ネットにおける各種問題は情報モラル・リテラシー教育によって解決されるべきものという基本に立ち帰り、地道な施策のみに注力する検討が進むことを期待する。

(2)「第2章 児童を性の対象として取り扱うメディアについて」(第35ページ以降)について
 本章の記載は全て、危険かつ有害な児童ポルノ規制の強化を目論む規制推進派の、表現規制の根拠とするに全く足らない暴論・妄言が垂れ流されているのみであり、特に、従来の児童ポルノに加えて、勝手に「児童を性の対象として取り扱う図書類」という曖昧な概念を作ったあげく、これも含めて規制の対象とするべきという印象操作が延々と続くが、このような危険かつ有害な主張を堂々と地方自治体の報告書案に載せたことについて、東京都には猛省してもらいたい。

 いちいち指摘することはできないが、第36ページで、単純所持規制が無いため、「自己の性的好奇心を満たす目的で児童ポルノを所持し楽しむことは『自由』とされており、このことが児童を性の対象とする風潮を助長し、また、児童ポルノの被写体とされた児童・女性の著しい精神的虐待をもたらしている」と一方的に断定しているが、この主張に全く根拠は無い。ジュニアアイドル誌についても、「特に扇情的なものでない限り、(中略)現在のところ『児童ポルノ』に当たらないものと解釈されている」として、これが問題であるかの如き印象操作を行っているが、特に扇情的でも猥褻でもないアイドル誌に何の問題があるのか私にはさっぱり分からない。さらに、勝手に作った「児童を性の対象として取り扱う図書類」という曖昧な概念で一般的かつ網羅的に漫画やゲームなども含めあらゆる表現を規制をしようと、第37ページから第38ページで、「子どもを性的対象とする図書類は、青少年の健全な育成を阻害するものであるとともに、青少年を性欲の対象としてとらえる風潮や青少年の性的虐待を助長するものであることから、青少年が閲覧できなければそれでよく、一般に流通することには問題がないとは言えない」とやはり一方的に書いているが、このような強力効果論は、児童ポルノ以前に一般的なポルノの規制の根拠としてほぼ完全に否定されているものであり、一般的かつ網羅的な表現規制の根拠としてはほとんど一顧だに値しないものである。

 第40ページ以降の方策でも、単純所持規制について、狂ったキリスト教国の動きのみを取り上げ、一昨年の内閣府の調査を引き合いに出しているが、この調査は何の予備情報も与えずに規制するべきか否かと直接面談で聞くというひどいものであり、このような世論調査どころか世論操作といった方が良い結果や作られた国際動向に基づいて言えることは何一つない。

 第41ページから第42ページにおいて、「児童ポルノを製造・販売・所持してはならない旨を定める規定などを設けるべき」と、都のレベルで危険極まりない単純所持規制を勝手に行うとし、さらに、やはり検閲とならざるを得ず極めて危険な「児童ポルノのブロッキングの推進」を行い、「児童ポルノの単純所持について(中略)国会において早期に法律による犯罪化を実現することが必要であ」り、都と協議会から「政府及び国会による単純所持罪の実現に向けた迅速な取組を強く要望する」としているが、児童ポルノの単純所持規制やブロッキングは極めて危険な規制であり、どのレベルであろうと、決して導入されてはならないものである。

 閲覧とダウンロードと取得と所持の区別がつかないインターネットにおいては、例え児童ポルノにせよ、情報の単純所持や取得の規制は有害無益かつ危険なもので、憲法及び条約に規定されている「知る権利」を不当に害するものとなる。「自身の性的好奇心を満たす目的で」、積極的あるいは意図的に画像を得た場合であるなどの限定を加えたところで、エスパーでもない限りこのような積極性を証明することも反証することもできないため、このような情報の単純所持や取得の規制の危険性は回避不能であり、思想の自由や罪刑法定主義にも反する。繰り返し取得としても、インターネットで2回以上他人にダウンロードを行わせること等は技術的に極めて容易であり、取得の回数の限定も、何ら危険性を減らすものではない。

 児童ポルノ規制の推進派は常に、提供による被害と単純所持・取得を混同する狂った論理を主張するが、例えそれが児童ポルノであろうと、情報の単純所持ではいかなる被害も発生し得えない。現行法で、ネット上であるか否かにかかわらず、提供及び提供目的の所持まで規制されているのであり、提供によって生じる被害と所持やダウンロード、取得、収集との混同は許され得ない。そもそも、最も根本的なプライバシーに属する個人的な情報所持・情報アクセスに関する情報を他人が知ることは、通信の秘密や情報アクセスの権利、プライバシーの権利等の基本的な権利からあってはならないことである。

 サイトブロッキングについても、天下り先の検閲機関・自主規制団体なりの恣意的な認定により、全国民がアクセスできなくなるサイトを発生させるなど、絶対にやってはならないことである。例えそれが何であろうと、情報の単純所持や単なる情報アクセスではいかなる被害も発生し得えないのであり、自主的な取組という名目でいくら取り繕おうとも、憲法に規定されている表現の自由(知る権利・情報アクセスの権利を含む)や検閲の禁止といった国民の基本的な権利を侵害するものとならざるを得ないサイトブロッキングは導入されてはならないものである。

 ジュニアアイドル誌についても、第43ページにおいて、「条例上、青少年に対する図書類等の販売等の自主規制の対象にこのようなジュニアアイドル誌を位置づけるとともに、自主規制団体に対し、このようなジュニアアイドル誌の販売等に関する自主規制を申し入れる」としているが、特に扇情的でも猥褻でもないものについて何の問題があるのか全く不明であり、表現に絡む話だけに、アイドル誌と児童虐待の関係についてより精査し、その関係が明確にされない限り、このような自主規制は申し入れられるべきでない。

 やはり第43ページにおいて、都と協議会から「ジュニアアイドル誌についての全般的な規制の在り方については、立法府において、児童ポルノ法や児童福祉法の改正、その他の法律の制定等により措置すること」を国に求めるとしているが、いたずらに児童ポルノの定義をさらに曖昧にすることは危険極まりないことであり、このような要請は決してなされるべきでは無い。児童ポルノの定義について、都から国に求めることがあるとすれば、現行ですら曖昧にすぎるその定義の厳格化のみである。

 第44ページで、漫画やアニメ、ゲーム等の一般的な表現の規制についても、日本弁護士連合会の明快な反論を一方的に切って捨て、やはり勝手に「子どもを強姦する、輪姦するなど極めておぞましい子どもに対する性的虐待をリアルに描いた漫画等の流通を容認することにより、児童を性の対象とする風潮が助長されることは否定できないであろう」と決めつけ、さらに、「児童を性的対象とした漫画等の多くは、幼児・小学生とされる児童が積極的に性的行為を受け入れる描写が見られ、このような漫画等を子どもに見せて性的虐待を行う危険性も大きい」とも書いているが、このような一部の者の単なる不快感に基づく全く根拠の無い印象のみを理由として、国民の最重要の基本権である表現の自由を制約することなどあり得ない。

 第44ページから第46ページにかけても、キリスト教国の狂った規制の例のみをあげ、国際潮流を勝手に作り、「少なくとも児童に対する性行為等を写真やビデオと同程度にリアルに描写した漫画等については、児童ポルノ法その他の法律により、可能な限り早期に何らかの規制を行うことが必要である。当協議会としてはこの点について、政府及び国会による迅速な取組を強く要望するものであり、都においても国に対しこの旨の要望を行うべきである」として、一方的に漫画やアニメ、ゲーム等あらゆる表現を規制するべきとしているが、このような規制を正当化するに足る具体的根拠は答申素案全体を通じて全く何も示されていない。さらに言えば、「少なくとも児童に対する性行為等を写真やビデオと同程度にリアルに描写した漫画等」とは極めて曖昧であり、このような曖昧な概念に基づいて一般的かつ網羅的に表現を規制することなど絶対にあってはならないことである。

 児童ポルノ法だろうが他の法律によろうが、アニメ・漫画・ゲームなどの架空の表現に対する児童の描写を理由とした規制の拡大は、現実の児童保護という目的を大きく逸脱する、異常規制に他ならない。アニメ・漫画・ゲームなどの架空の表現において、いくら過激な表現がなされていようと、それが現実の児童被害と関係があるとする客観的な証拠は何一つない。いまだかつて、この点について、単なる不快感に基づいた印象批評と一方的な印象操作調査以上のものを私は見たことはないし、虚構と現実の区別がつかないごく一部の自称良識派の単なる不快感など、言うまでもなく一般的かつ網羅的な表現規制の理由には全くならない。アニメ・漫画・ゲームなどの架空の表現が、今の一般的なモラルに基づいて猥褻だというのなら、猥褻物として取り締まるべき話であって、それ以上の話ではない。どんな法律に基づく権利であれ、権利の侵害は相対的にのみ定まるものであり、実際の被害者の存在しない創作物・表現に対する規制は何をもっても正当化され得ない。民主主義の最重要の基礎である表現の自由や言論の自由、思想の自由等々の最も基本的な精神的自由そのものを危うくすることは絶対に許されない。

 さらに、答申素案は、「児童を性的対象とする漫画等は、児童を性の対象として取り扱う、つまり児童を性的に搾取し、虐待することを是認する表現である点では、実在の児童を被写体とした児童ポルノと違いがない」と空想と現実をごっちゃにする狂気を垂れ流したあげく、第46ページで、「著しく性的感情を刺激するとまでは言えず、現行条例の基準では不健全図書指定の対象とできない漫画等であっても、(中略)著しく悪質なものについては、その内容そのものが、青少年の性に関する健全な判断能力その他青少年の健全な成長を阻害するものであると考えられることから、少なくとも、青少年のこれらの漫画等へのアクセスを遮断することが適当」として、「条例における不健全図書指定基準に、このような著しく悪質な内容の漫画等を追加するとともに、自主規制団体による表示図書制度においても、児童を性的対象とする内容の漫画等が対象とされるよう、働きかけを行う」としているが、著しく性的感情を刺激せず、猥褻とは考えられない表現が青少年の健全な成長を阻害するものであるとするに足る具体的根拠は何も無く、このような不健全図書指定の対象拡大はされるべきではないものである。

 第46ページで、「児童を性的対象とする内容の漫画等で、写真やビデオと同程度にリアルに描写したものや強姦等の著しく悪質なものは、青少年のアクセスの遮断のみならず、一般人のアクセスも制限する取組や、インターネットからの削除、ブロッキングの推進などの取組を関係業界に働きかけることが適当」としているが、漫画等について、青少年のアクセスの遮断のみならず、一般人のアクセスも制限する取組を行おうとしているなど、この現代に中世さながらの検閲の復活を目論むおぞましい取り組みとしか言いようが無く、このようなことは絶対になされるべきでない。

 また、第46ページから第47ページに、「ラブ・コミック」等について「自主規制を行うことについて、出版・流通業界に努力を求めることなどを検討すべき」と書かれているが、自主規制だろうと、性行為に関する描写が含まれているということだけをもって、漫画などの表現物に対して何らかの包括的な規制をかけようとすることは決して妥当ではない。

 さらに付言すれば、この答申素案は、キリスト教国を中心とした狂った規制の動向のみを取り上げ、あたかもそれが国際動向であるかの如き極悪非道な印象操作を行っているが、児童ポルノの閲覧の犯罪化と創作物の規制まで求める「子どもと青少年の性的搾取に反対する世界会議」の根拠のない狂った宣言を国際動向として一方的に取り上げ、児童ポルノ規制の強化を正当化することなどあってはならない。児童ポルノ規制に関しては、ドイツのバンド「Scorpions」が32年前にリリースした「Virgin Killer」というアルバムのジャケットカバーが、アメリカで は児童ポルノと見なされないにもかかわらず、イギリスでは該当するとしてブロッキングの対象となり、プロバイダーによっては全Wikipediaにアクセス出来ない状態が生じたなど、欧米では、行き過ぎた規制の恣意的な運用によって弊害が生じていることも見逃されるべきではない。例えば、アメリカだけを例にあげても、FBIが偽リンクによる囮捜査を実行し、偽リンクをクリックした者が児童ポルノがダウンロードしようとしたということで逮捕、有罪にされるという恣意的運用の極みをやっている(http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080323_fbi_fake_hyperlink/参照)、単なる授乳写真が児童ポルノに当たるとして裁判になり、平和だった一家が完全に崩壊している(http://suzacu.blog42.fc2.com/blog-entry-52.html参照)、日本のアダルトコミックを所持していたとして、児童の性的虐待を何ら行ったことも無く、考えたことも無い単なる漫画のコレクターが司法取引で有罪とされている(http://news.goo.ne.jp/article/wiredvision/nation/2009news1-19920.html参照)、児童ポルノ所持罪で起訴され、有罪とされようとしていた男性が、逮捕・起訴から11ヶ月後にどうにか児童ポルノを勝手に保存するウィルスの存在を証明し、かろうじて人生の完全破壊を免れた(http://abcnews.go.com/Technology/WireStory?id=9028516&page=1参照)などの数々の非人道的な例をあげることができ、欧米のキリスト教国家を中心とした狂った単純所持規制を含む児童ポルノ規制による、非人道的な事件の数々は枚挙に暇が無い状況である。単純所持規制を導入している西洋キリスト教諸国で行われていることは、中世さながらの検閲と魔女狩りであって、このような極悪非道に倣わなければならない理由は全く無い。

 しかし、欧米においても、情報の単純所持規制やサイトブロッキングの危険性に対する認識はネットを中心に高まって来ており、アメリカにおいても、この1月に連邦最高裁で児童オンライン保護法が違憲として完全に否定され、この2月に連邦控訴裁でカリフォルニア州のゲーム規制法が違憲として否定されていることや、つい最近からのドイツ国会への児童ポルノサイトブロッキング反対電子請願(https://epetitionen.bundestag.de/index.php?action=petition;sa=details;petition=3860)に13万筆を超える数の署名が集まったこと、ドイツにおいても児童ポルノサイトブロッキング法は検閲法と批判され、既に憲法裁判が提起されており(http://www.netzeitung.de/politik/deutschland/1393679.html参照)、総選挙の結果与党に入ったドイツ自由民主党の働きかけで、ネット検閲法であるとして児童ポルノブロッキング法の施行が見送られ、ブロッキングはせずにまずサイトの取り締まりをきちんと警察にやらせ、1年後にその評価をしてブロッキングの是非を判断することとされ(http://www.tomshardware.com/de/Zensur-Internet-ZugErschwG-Provider-Koalition,news-243605.html参照)、ドイツ大統領もこの児童ポルノサイトブロッキング法に対する署名を拒否したこと(http://www.zeit.de/politik/2009-11/sperre-gesperrt参照)なども注目されるべきである。スイスにおいて最近発表された調査でも、2002年に児童ポルノ所持で捕まった者の追跡調査を行っているが、実際に過去に性的虐待を行っていたのは1%、6年間の追跡調査で実際に性的虐待を行ったものも1%に過ぎず、児童ポルノ所持はそれだけでは、性的虐待のリスクファクターとはならないと結論づけており、児童ポルノの単純所持規制の根拠は完全に否定されているのである(http://www.biomedcentral.com/1471-244X/9/43/abstract参照)。欧州連合において、インターネットへのアクセスを情報の自由に関する基本的な権利として位置づける動きがあることも見逃されてはならない(http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=MEMO/09/491&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLanguage=en参照)。このような国際動向もきちんと取り上げるべきであり、地方自治体の検討において、一方的な見方で国際動向を決めつけることなどあってはならない。

 児童ポルノ等の規制について、都から国へ要請するべきことがあるとすれば、極めて危険かつ有害な単純所持規制等を含む児童ポルノ規制法改正案が自民・公明の両党によって今臨時国会に再び提出されるなど、民主主義の最大の基礎である情報の自由に関する個人の基本的な権利を侵害する動きが再び強まっていることを考え、このような動きを止め、児童ポルノを理由とした非道な人権侵害を防ぐため、児童ポルノを対象とするものにせよ、いかなる種類のものであれ、情報の単純所持・取得規制・ブロッキング、架空の表現の規制は極めて危険な規制であるとの認識を深め、このような非人道的な規制は絶対に行うべきではないということのみである。

 児童ポルノ対策としては、単純所持規制・創作物規制といった危険極まりない規制強化の検討を即刻止め、現行法の地道なエンフォース、実際の児童の保護のための教育・訓練・啓発の実施といった地道な対策のみが進められることを期待する。

(3)「第3章 青少年の健全な成育を取り巻く環境整備について」について
 第50ページに、「短期間に不健全図書類の指定を繰り返し受ける図書類発行業者については、条例の表示に関する努力義務(条例第9条の2第1項)を果たしていないものと考えられる。このような業者に対しては、期間や指定回数等の基準を定めた上で、都から改善に係る勧告を行い、勧告に従わない場合には、社名等の公表を行うなどの手続を取ることができるよう、条例に規定を置くことを検討すべき」と書かれているが、都が一方的に悪書と認定する図書について、青少年のアクセスを超えて、その発行そのものを抑止することになるこのような施策は、青少年保護という条例の目的を大きく逸脱するものである。このような事実上の検閲は、確実に国民の基本的な権利である表現の自由に抵触することになるものであり、絶対に行われるべきでない。

 同第50ページに、「インターネット通信事業者、プロバイダー及びインターネットを利用した通信販売事業者は、ネット上の通信販売やオークションにおいて、青少年に相応しくないと思われる物品を扱っているサイトへのアクセスや閲覧をさせないための有効なシステム(ブロッキングシステム)の開発向上を推進することが必要」と書かれている。ここでブロッキングとはどのようなシステムを想定しているのか不明確であるが、一般的なプロッキングであるとすると、上でも書いた通り、いかなる目的であれ、どのようなやり方を取ろうと、検閲としかなりようが無いブロッキングシステムの開発などされるべきでは無い。

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コメント

東京都の青少年規制は逆効果で東京都の強姦犯罪を増すと考えます。

以下のサイトに長野県が規制をしないで劇的に犯罪を低減する成果をあげていることを示すグラフを掲載しました。
http://like700.hp.infoseek.co.jp/53.html#ken-filter
このような県が良い県と思います。

投稿: ランナー | 2009年12月13日 (日) 07時16分

Lots of of folks talk about this topic but you wrote down some true words!

投稿: elossella | 2009年12月13日 (日) 21時12分

 初めまして。この記事、とても大事だと思うので広めさせていただきます。ブログ等はもってないのでコピペですが。

投稿: msn | 2010年1月19日 (火) 00時30分

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