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2008年4月17日 (木)

第86回:無料地上デジタル放送へのB-CASシステム導入経緯

 今回は、無料地上デジタル放送へのB-CASシステムの導入を可能とした平成14年6月の総務省令改正の経緯についてまとめておきたい。

 まず、平成14年6月26日の省令改正まで、地上デジタル放送の技術方式を定める総務省令「標準テレビジョン放送等のうちデジタル放送に関する送信の標準方式」でスクランブルに関する部分は、以下のようなものだった。(赤線強調は私が付けたもの。)

第3条 符号化された映像信号、音声信号及びデータ入力信号並びに関連情報(国内受信者(放送法(昭和25年法律第132号)第52条の4第1項に規定する国内受信者をいう。以下同じ。)が有料放送(同法第52条の4第1項に規定する有料放送をいう。以下同じ。)の役務の提供を受け、又はその対価として放送事業者が料金を徴収するために必要な情報及びその他総務大臣が別に告示する情報をいう。以下同じ。)(以下「符号化信号」という。)は、次の各号により伝送するものとする。

(中略)

第4条 有料放送を行う場合は、次の各号に規定する方式を組み合わせたスクランブル(国内受信者が設置する受信装置によらなければ受信することができないようにするために、信号波を電気的にかくはんすることをいう。以下同じ。)の方式によるものとする

 要するに、当時まで、スクランブルは有料放送の料金徴収を行うためのエンフォース手段としてのみ規定されていたので、有料放送でなければスクランブルはかけられなかったのである。B-CASのようなスクランブル・暗号受信システムを全国民がユーザーである無料の地上放送に適用することは、今でも無料の地上放送の主旨に反していると私は思っているが、このような主旨は、このような省令を見ても昔は認識されていたものと見える。しかし、これがどうして歪んだのかとなるとその経緯は実に不透明極まる。

 これを調べて行くと、何故か、情報通信審議会のサーバー型放送システム委員会という、BS放送とも地上放送とも関係ないサーバー型放送のシステムを検討していた審議会が、BSの料金徴収のエンフォース手段であったB-CASシステムを無料の地上放送に導入することを実質的に決めていたことが分かる。

 詳細は良く分からないが、ネット上に議事概要は残っているので、それを追っていくと、平成13年の6月25日の諮問を受けて、8月7日に第1回が始まり、8月8日にサーバー型放送の技術要件の募集を行うなど地上デジタル放送とは全く関係なくサーバー型放送の技術要件の検討をしているのだが、第2回(9月4日)で、構成員から、「地上デジタル放送の開始が2003年に迫っていることもあり、BSデジタル放送のコンテンツ権利保護方式だけでなく地上デジタル放送のコンテンツ権利保護方式についても先行検討の対象とするべき」という意見が出されて、総務省(事務局)が、「BSデジタル放送のコンテンツ権利保護方式が先行検討されれば、その方式は地上デジタル放送に適用することは可能と考えられる」と受けたあたりから雲行きがおかしくなってくる。

 第3回(10月5日)要求条件のとりまとめ(10月12日)第4回(11月9日)を経て第5回までの間に何があったのか分からないが、第5回(12月14日)で、突然ワーキンググループから、省令改正のための「権利保護方式のうちBSデジタル放送用受信機等が対応可能な方式」について説明がされ、その報告内容を基に情報通信技術分科会に対する委員会報告案及び一部答申案の作成を進めることが問答無用で決まっているのである。

(特に、この第5回の議事概要からは、「画質、音質、解像度の低い低品質なコンテンツは暗号なしで無料で提供し、高品質なコンテンツは暗号化して有料で提供するといったビジネスモデルが実現できるような仕組みが必要ではないか」との意見が構成員より出されているのに対し、回答は「検討したい」とだけで事実上の無視を決め込んでいることが分かる。)

 この報告書は、さらに12月18日から翌年1月8日という嫌がらせのような期間でパブコメにこっそりかけられ、その結果が1月24日に公表されているが、全国民に影響するこの報告書のパブコメは全部で6通という惨憺たる結果であり、ここで事実上、BS有料放送のためのユーザー管理・コピー制御であったB-CASシステムが地上放送に導入されることが決まってしまっている

 この意見募集の結果において、「BSデジタル放送の『1世代のみコピー可』は有料放送のみに限定して欲しい」とする個人の意見に対して、「現在のBSデジタル放送方式においても、そのコンテンツが有料放送であるか否かにかかわらず、『制限無しにコピー可』、『1世代のみコピー可』及び『コピー不可』のいずれかを放送事業者が指定できるようになっています。 素案の方式を実際の放送サービスで利用する場合も、個々のコンテンツに対し上記のいずれを指定するかについては、放送事業者が選択できるようにすべきものと本委員会は考えます」と総務省は回答しているが、今地上放送の全番組が放送局によってコピーワンス運用されていることを思えば、ごまかしの回答としか思われない。(今でも、番組毎にコピー制御を変えることはできるはずであるが、それができないとする放送局の説明には常に説得力がない。電波の希少性から放送事業者には常に談合バイアスがかかるので、このようなスクランブルやコピー制御ができないようにする明確な逆規制こそ、真に必要なものである。)

 そして、第6回(平成14年1月15日)で意見募集の結果の報告がされ、第7回(2月20日)で中間報告書と一部答申の原案が報告され、平成14年3月13日には、「BSデジタル放送用受信機等が対応可能なコンテンツ権利保護方式の技術的条件」という一部答申を情報通信審議会から受けて関係省令の整備を行うと総務省が言う(公表資料)という形で一連のセレモニーが完了している。

 特に、平成14年3月13日のサーバー型放送システム委員会の一つ上の会の情報通信技術分科会(第10回)議事録を読むと、国際的な整合はあるのかという委員の質問に対して、IEEE1394の話やアメリカでも強制規格となってはいないということを持ち出してはぐらかすという救いがたいやりとりがなされている。(無料放送も含め、あらゆる番組をコピーワンスにするという特殊な放送談合が世界のどこかでなされているという話は今もって聞かないし、ダビング10に至っては、その技術的な整合性のなさから、他の国で採用されることは絶対ないと断言できる。)

 さらに、この答申を受けて、平成14年4月17日に、省令の改正案が総務省の別の審議会である電波監理審議会に諮問され、パブコメにかけられ、6月12日にその意見募集の結果が公表され、6月26日の実際の省令改正で、「放送事業者が放送番組に関する権利を保護する受信装置によらなければ受信することができないようにするために必要な情報」も放送信号の中に伝送され得、有料放送の場合だけではなく、「放送番組に関する権利を保護しようとする場合」にも、「放送番組に関する権利を保護する受信装置によらなければ受信することができないようにするため」にスクランブルをかけて良いこととされたのである。(なお、実際にコピーワンス運用が導入されるのは、2004年の4月である。)

 こちらの省令改正案のパブコメ結果に至っては3件しかなく、NHKとメーカーの業界団体のJEITAと読売新聞社の各者が賛意を示すだけという、さらにひどいものである。上の報告書から、一部答申、さらに、このパブコメまで全て「BSデジタル放送用受信機等」と書かれているが、この「等」の中に、実は「地上デジタル放送用受信機」が入るということを当時どれだけの人間が理解していたろうか。このような省令改正が、B-CASという有料放送のためのスクランブル・暗号受信システムを、無料放送も含め全地上放送にまで導入することを目的としていたことをどれだけの国民が理解していたろうか。当時の行政の責任をいまさら言っても始まらないが、このようなやり口はほとんど詐欺に等しい。

(この後は、また地上デジタル放送とは関係なくなるのだが、サーバー型システム委員会はまだ、第8回(4月26日)第9回(6月7日)第10回(7月26日)第11回(8月23日)と続くので、念のためにリンクだけ張っておく。なお、この第10回の議事概要から、平成14年6月26日という改正省令の掲載官報の日付が分かる。)

 この改正省令から、さらに詳細な地上デジタル放送受信機の技術仕様を公益法人の電波産業会(ARIB)が定めている訳だが、第81回で取り上げた衆議院の天下り調査(2007年6月23日号のダイヤモンド記事でも同じである)によると、このARIBという公益法人は、全部で12人(職員9人、理事3人)の天下りポストを擁し、しかも全て常勤というかなり大口の天下り先となっている。

 要するに、このような天下りまで含めて考えると、B-CASシステムを無料の地上放送まで含めて適用することで、コンテンツと機器の双方を不当に高い値段で売りつけることを可能とする規制を全国民に一方的に押しつけ、全国民に転嫁されるそのコスト利権を放送局・メーカー・天下り役人で山分けにしているという官民密室談合の構図が浮かび上がってくるのだが、これは私のひが目ではなかろう。

 このような視聴者の利便性を不当に下げるDRMを含む放送規格と、私的録画補償金との関係も、このときに整理しておくべきだったはずであり、当時整理しなかったという行政の怠慢が今に至るも尾を引いている。コピーワンスにせよ、ダビング10になったにせよ、実質的に全国民に転嫁されるコストで、不当に厳しいコピー制御が課されている今の状態が維持されるなら、さらに私的録画補償金まで課されることは不当の上塗り以外の何物でもないと、今一度繰り返しておく。

 ダビング10も、結局この談合規格を維持しようとする動きから出てきたもので、本質的な解決になるものでは全くない。B-CASカード使用不正録画機器フリーオの登場によって、B-CASシステムとこれを前提にしたコピーワンス・ダビング10という規格は、実質的に死んだのであり、このような無意味な国内談合規格に最後の引導を渡すことこそ、今本当に必要とされていることだと私は考えている。

 コピーワンス問題についても、地上デジタル放送に対する私的録画補償金問題についても、このような経緯の詳細を明らかにした上で議論されなければならないと思うのだが、このような死に体の規格利権にたかるハイエナ規制官庁の総務省と文化庁に見られるのは利権確保・利権拡大のためのごまかしばかりで、誠実な態度は全く見られない。利権官庁の浅ましさにはほとほと呆れるばかりである。

 このB-CAS問題は、地上デジタル放送の根幹に関わる大問題の一つであり、ごまかされて良い問題では決してない。この話もまだまだ終わりは見えない。

 このような各者の行為が、具体的に独禁法のどの条項に引っかかるかという話も近いうちに別途書きたいと思っているが、次回は、また、各国著作権法紹介の話の続きを書くつもりである。

(4月19日の追記:大きなエントリを立てるにはまだ準備が必要なので、追記という形にするが、児童ポルノ法に関しては与党(自民・公明)のプロジェクトチームが単純所持規制を進めるという方針を決めたというニュースがあった(毎日新聞のネット記事日刊スポーツのネット記事)。今度は「性的好奇心を満たす目的」で所持する場合を規制すると言い、「本人が意図せずにパソコンなどに画像が残る場合」を適用対象外とすると言って、要件がころころ変わることからして、この規制が全くナンセンスであることを端的に示しているが、情報の所持は、完全に個人的な行為であるから、どんな要件にしようが、どんな適用除外を設けようが、その要件・適用除外該当性は証明も反証もできないのであり、このような情報所持規制の危険性は回避不能であると私は言い続ける。今、与野党・議員へ手紙を書くことや反対の署名運動をすることも勿論必須と思われるが、小寺氏がその「ネットユーザーに何ができる?」というエントリで述べているように、本当の勝負はそう遠くないと思われる次の選挙である。ネットは武器にもなるし、盾にもなる、草の根の情報共有活動は選挙で威力を発揮することだろう。バカなネット規制推進は票を失う、あるいは、合理的なネット規制反対は票につながるという事例を、次の選挙で作るのだ。

 また、総合科学技術会議からの報告などを受けて、知財本部で、医療技術特許の是非の問題の検討が進めらるようである(IP NEXTの記事日経のネット記事)。これは著作権問題ではないが、この点についても何かしら書けることがあればそのうち書きたいと思っている。)

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