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2008年2月 6日 (水)

第57回:著作権管理団体の功罪

 前回に少し書いた通り、著作権管理団体(権利者団体と同義で使われることも多いが、著作権管理をしているからと言って権利者皆が団体に所属している必要は実はなく、権利者が参加している団体だからと言って著作権管理をしているとは限らない。)による杓子定規の権利行使と利用許諾が昔から問題にされており、そしてこれからも問題にされて行くことだろうが、このような杓子定規の著作権運用も、単に経済効率だけを考えれば一概に非難できないので、このような権利の集中管理が、著作物の利用の円滑化にも貢献してきたところがあったことはまず認めておかなくてはならない。少なくとも、それなりの資本力を持ち、まともなコンプライアンスを行う企業にとっては、ある特定の分野の著作権の権利処理コストを包括的に事業の中にビルドインできることは有り難いことでありこそすれ、特に非難することではないに違いない。

 では、何故、今、JASRACを筆頭とする著作権管理団体にユーザーの非難が以前に倍加して集まっているかというと、やはり、インターネットの普及以降の著作権の拡散現象によって、著作物の創作・流通・利用における一般ユーザーの地位が相対的に高まってきているにもかかわらず、この著作権管理団体の管理システムが一般ユーザーのことを考えたものとまるでなっていないことが主な原因であろう。

 要するに、一般ユーザーから見ると、この管理システムは大規模すぎ、運用が硬直的で柔軟性に欠けているため、全く利用する気にならないのである。だからこそ、権利者団体とユーザーの溝がこれほど広がり、著作権管理団体は独占による利益をむさぼっているだけのユーザーの敵と言われたりするのだ。

 ただ、多くの著作権を委ねられた営利団体にとって、完全に一律の権利行使と利用許諾が一番効率が良いのは当たり前であって、文化的にはどうあれ、ビジネス的には全く正しい行動である。著作権では個人だったら見逃すだろうといった些細な利用事例について、このような見逃しをどこまで認めるかは広く多く権利を委ねられた営利団体では判断できない話である。(無論、著作権等管理事業法では、正当な理由なく利用許諾を拒んではならない旨が第16条に規定されている訳なので、ユーザーから利用許諾を求めれば良いという議論もある程度は正しいのだが、この利用許諾にかかるコストのことまで考えると、大規模な利用を考えているのではない一般ユーザーにとってはやはり非常に厳しい。)

 しかし、一般ユーザー・個人による著作の創作・流通・利用が相対的に高まっている中で、このような硬直的な運用はどんどん社会的に通用しないものとなって行くことだろう。各団体がどのような事業運用をするかは、当然のことながら各自のビジネス判断であるため、ユーザーから見てどうこういう筋合いの話ではないが、クリエイティブコモンズのような取り組みの高まりなどを見ても、インターネットによるオンラインでの信託や利用許諾、非商用の利用については権利行使をしないといった柔軟な条件設定を可能とするなどの対策を取らないようでは、時代に乗り遅れ、今後も、ユーザーとの溝はますます広がっていくだけだろう。著作権法や著作権等管理事業法にこのような柔軟な運用を妨げる要素がある訳ではなく、本質的にこのような運用を妨げているのは彼らの中に極めて深く浸透している「複製=対価」という間違った概念のみである。かなり時間のかかることとは思うが、「複製=対価」の世界で全てを塗りつぶすのではなく、「情報の利用=無償かつ自由」の世界を常に作っておいた方が、最終的には文化の発展にも、引いては産業の発展にも寄与するという認識がもっと広まれば、自ずと状況は変わってくるだろうと私は思っている。

 ここまでは、事業運用とビジネスの話であり、ユーザーから見てシステムが使いにくいとは思っても、好きにやっていてもらって全く構わない話である。しかし、独占と天下りの弊害は、著作権管理団体を語る上でどうしても飛ばすことはできない

 既存のコンテンツ流通手段に自らの著作物を乗せるには、そこにほぼ独占的に利用許諾を行っている団体と、選択肢の少ない信託契約を結ぶことを余儀なくされることがあるという状態は、ビジネス環境として全く健全なものではない。さらに、使用料と分配率がこの団体によって主導的に決められるのでは、独占による弊害が発生していないと考える方がおかしいくらいである。さらに、この独占利益で天下り役人を飼い、監督官庁も抱き込んで独占利益を最大化しようとするに至っては弊害はその極みに達しているとしか言いようがない。

 ダウンロード違法化問題一つとっても、このような構図が透けて見えないことはないのであって、このような法律を濫用した官民談合はいくら非難しても非難しすぎということはない。著作権法、あるいは著作権等管理事業法自体が、独占禁止法の例外となっているかのように錯覚している者も多いのかも知れないが、個別の権利において独占的な利益が認められることは、さらに権利を非競争的手段で集めた場合の独占利益まで合法化するものではない。個別のケースで例外にすることが定められているにせよ、独占禁止法や各種知財法をいくらひっくり返したところで、こんな集合的な独占利益を正当化する条文は出てこない。ここにもまた、公正取引委員会の仕事の余地があると思っているのは私だけではあるまい。
 当たり前の話であるが、知的財産権による独占は知的財産権自体の不当な独占を正当化しないのである。

 何にせよ、このような問題を引き起こしているそもそもの根源である著作権等管理事業法施行規則)自体についてももっと詳しいことを書きたいと思っているのだが、それは折りを見て書くとして、ひとまずこれくらいにしておく。

 さて、ついでに、この1月23日に、ドイツのデュッセルドルフ地裁で、著作権管理団体対ファイルホスティングサービス事業者の著作権侵害事件において、サービス事業者側を負けとする判決が出されたというニュース記事(ドイツ語の記事1記事2日本語の記事)が出ているので、遅ればせながら紹介しておこう。英語からの翻訳らしいこの日本語の記事は、この判決でドイツでのオンラインファイル共有サービスがなくなるかのような書き方をしているが、単に地裁の判決が出ただけで、ドイツ語の記事を読むと、サービス事業者側もこの程度で負けを認める気はないようであり、そこまでの話ではない。著作権問題においては、ユーザーの責任もそうだが、サービス事業者の責任についても、今後かなりの時間をかけて判例と法律の整理がなされて行くことになるだろう。

 次回は、少し知財からずれてしまうが、やはり今話題のサイトのフィルタリングの話をしてみたいと思っている。

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