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2008年2月 5日 (火)

第56回:インセンティブつき著作権登録制度の不可解

 現行の著作権法にも登録制度はあるが、移転などについての第3者対抗要件となっているだけ(著作権法第77条)であり、いわゆるコンテンツ企業などでもこの登録制度を利用しているところはほとんどないのではないかと思われる。このような現行の著作権法に、インセンティブつきの登録制度を上乗せして作るべきか否かということが議論されており、多分今後も議論されて行くことだろうが、まず始めに書いておくと、何故皆そんなにこの登録制度が好きなのか私にはさっぱり分からないのだ。

 登録制にも良いところはあるのは私も認める。著作権法以外の知財法で、特許法・意匠法・商標法などでは、審査登録制が採用され、権利有無と帰属が明確にされるとともに、基本的に利用者の悪意を擬制して権利の存在を知らなかったという抗弁は許されない強い権利とされることで、登録へのインセンティブが与えられ、権利の発生と利用におけるバランスが取られている。このような法制が、技術と業における安定秩序の形成に貢献しているのは確かだろう。(特許権などについては、かえって権利が強すぎて企業コンプライアンスにおいて加重コストが発生しているという問題があるが、ここではひとまず置く。)

 しかし、特許法などの法律が、インセンティブつきの登録制度を取ってそれなりにバランスが保たれているのは、これらの法律が、無体物である情報そのものではなく、基本的に有体物への情報の利用を規制することで知的財産の保護を図っているところにとどまっていること、特定業界を対象としない業規制法である(権利が及ぶのは基本的に業としての権利の実施に限られる)こと、業規制法であるため、権利の発生と利用にそれぞれそれなりのコストがかかったとしても、市場の中にコストとしてビルドインすることが可能であることによっているのは忘れられがちである。

 それに比べ、著作権法についての考察では、文化は経済原則のみによれば良いというものではないということを、今のところ著作権法は複製という情報伝達に必要不可欠な行為を規制しようとしているものであることを、常に頭においておく必要がある

 まず、そもそも現行の著作権法ですら、ウィルス作者の別件逮捕に使われるほど便利で、これ以上の保護強化にはかなりのデメリットをともなうことを考えると、現行制度にさらに登録で何らかのインセンティブを権利者に与えることは、インセンティブ次第でかなり危険なものになると考えざるを得ない。

 そして、市場の中でほぼコストを吸収することが可能な特許法等の世界に比べ、著作権法の世界では、市場で消費されるコンテンツのみを考えれば良いということはなく、かえって市場からはみ出ている著作物の方がはるかに多いくらいであることを考えると、インセンティブとして働くほど強いインセンティブを登録に与えてしまった途端、この登録と利用にかかるコストがかえって大多数の人間に対するディスインセンティブとして働いてしまうことになると思われる。すなわち、登録制度をまともに機能させるためには、著作物の公表・流通・利用の前に、あらゆるユーザーに必ずその登録簿を確認させるに足るくらいの悪意推定が必要なはずであるが、この著作物の登録・利用にかかるコストは制度のデメリットとなり、このコストを下回る創作活動に対するディスインセンティブとして働き、本当に重要な草の根の文化活動をつぶすことにつながりかねないのである。

 人の著作物を勝手に登録する行為や、登録を利用した詐欺が起こる可能性も高いが、審査にかかるコストのことを考えると、著作物の厳格な事前審査も社会的コストの面から言って是認され得ないだろう。

 権利行使のときに登録すれば良いとするような法制も考えられるが、そうした途端、登録の唯一のメリットである権利の帰属関係の明確化すらできなくなり、もはや登録制度は何の意味も持たなくなる。アメリカでは、(侵害に気づいた時点で行っても良いらしいが、)登録の有無により権利侵害における救済に差が出る法制(この点については、ブログ記事が良くまとまっていて分かりやすいと思う。)が今でも残っているが、煩雑な手続きのコストと、救済に差が生じることについて一般ユーザーから見て納得性がないことを考えると、このアメリカの制度も決して褒められたものではない。

 さらに、今も本当の創作者に替わって権利行使と利用許諾を行う登録機関として、各種著作権管理団体が存在している訳だが、あまりに杓子定規な権利行使と利用許諾を行うことから大きな批判を受けている。登録に権利行使や利用許諾まで委ねることまですると、同じくお役所の杓子定規な運用によって、全く同じ批判を集めることになるだろう。

 要するに、経済原則のみによって著作権を成り立たせて良いなら、強力な著作権登録制度の導入も一つの選択肢ではあるが、そもそも文化は単純にコストとメリットで計られて良いものでも、文化的な営為に登録・利用コストという一律の奇妙なしきい値を立てて良いものでもない

 結局、インセンティブつきの著作権登録制度という、一種の経済原則に基づく情報規制は、考えとしては興味深いし、今後も議論されて行くことと思うが、著作権法の本質的な問題解決の役にはあまり立たないだろうというのが私の考えである。

 先週から時間が空いたので、少し溜まってしまったが、あと、一通り国内外のネット記事の紹介もしておきたい。

 まずは、前回も紹介したところで、インターネットサービスプロバイダーからメディア企業への民事裁判における個人情報開示は不適当としたEU裁判所の判決が載っているところへのリンクをここに張っておく。この最終判決は、EU諸国に著作権と他の重要な権利とのバランスをきちんと取るように促しているが、これで今後のEU諸国の政策動向にどのような影響が出てくるかは注目して行きたいと思う。(著作権とプライバシーの問題は今後日本でも問題になって行くだろうと思うので、近いうちに考えをまとめておきたいと思っている。)

 この話も「P2Pとかその辺の話」で先に紹介されているが、念のため、ここでも紹介しておくと、イタリアの新しい著作権法では、非営利の場合に限り、研究・教育を目的として、音質を下げた音楽データをインターネットに無償で自由に公開して良いとされたようである(イタリア語の記事スラッシュドットの記事英語の記事イタリア語の条文)。条文へのリンクを見て頂ければ分かると思うが、特に問題となるのは著作権法の以下の部分(翻訳は拙訳)である。

70. 1-bis E'consentita la libera pubblicazione attraverso la rete internet, a titolo gratuito, di immagini e musiche a bassa risoluzione o degradate, per uso didattico o scientifico e solo nel caso in cui tale utilizzo non sia a scopo di lucro. Con decreto del Ministro per i beni e le attivita culturali, sentiti il Ministro della pubblica istruzione e il Ministro dell'universita e della ricerca, previo parere delle Comissioni parlamentari competenti, sono definiti i limiti all'uso didattico di cui al presente comma.

第70条第1の2項 そして、その利用が営利のためになされるものでない場合に限り、研究あるいは教育のために、解像度を下げられた、あるいは質を下げた、画像と音楽は、無償で、インターネット網で自由に公開することが認められる。この項に記載された教育目的の利用は、公教育大臣と高等教育大臣の意見を聞き、あらかじめ国会の管轄委員会の意見を受けてから、文化活動・文化財大臣の命令によって定められ、制限される。

 確かにこの権利制限の条文は、P2PにおけるMP3データのファイル交換をある程度合法化するもののようにも読めるが、本当にP2Pを合法化する法改正とも思えないので、この運用についての詳細が分かれば是非紹介したいと思う。ただ、このことについてはネットでどこまで分かるか良く分からないので、もし詳しいことをご存じの方がいれば是非教えて頂きたい。

 2007年7月の記事であるため、いささか旧聞に属するが、ドイツの刑事当局がネット上での著作権侵害事件を取り上げることを拒否し始めていたということを示す記事(ドイツ語英語)が上の記事のリンク中にあったので、念のために、これも紹介しておきたい。記事によると、オッフェンブルク地裁が、去年に、全体で多くのファイル交換がなされているにせよ、一人あたりで考えると刑事罰をかけるに足る犯罪事実がないとしてユーザーへの刑事訴追を拒否する判決を出していたようである。やはり同じ記事によると、至極もっともなことに、この判決は、10000件以上の刑事告発をもたらす法律は、立法の方がおかしいとも言っているようである。だが、この判決がどうあれ、最近ダウンロード違法化を明確化した法律を施行したばかりであることを考えると、ドイツの状況は泥沼化の一途をたどるだろう。何にせよ、世界で唯一ダウンロード違法化を強力に推進しているドイツの状況は、今の日本の法改正騒動においても参考になると思うので、今後も分かる限り紹介して行くつもりである。

 先延ばしになっただけであるので、全く安心はできないが、文化庁で、1月末に親審議会である著作権分科会が開催され、ダウンロード違法化問題も、補償金問題も来期に正式に先送りにされたとの記事(日経BPの記事ITmediaの記事internet watchの記事)が出ているので、これも念のためにリンクを張っておく。

 また、知財本部では、2月1日にコンテンツ・日本ブランド専門調査会・コンテンツ企画ワーキンググループが開催(議事次第)され、「デジタル時代におけるコンテンツ振興のための総合的な方策について」(概要本文)といった報告書が出されている。
 今回は、著作権法に関して変な記載がある訳ではなく、非常におとなしい報告書なので、特段突っ込みを入れるところはない。恐らく、次の知財関係の大きなパブコメ募集は知財本部になると思うので、そのときになったら、知財本部絡みの報告書についてまた細かな突っ込みを入れたいと思っている。

 折角今回少し触れたので、次回は、著作権管理団体の功罪について書いてみようかと思っている。

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コメント

こういう動画もありました。
ダウンロード違法化の実態
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2312113

投稿: oooo | 2008年2月13日 (水) 14時34分

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