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2008年2月25日 (月)

第64回:インターネットはライフラインか。

 今週の27日から今期の文化審議会・著作権分科会が始まり、総務省でも、通信・放送の総合的な法体系に関する検討委員会(第1回:2月25日)や、インターネット政策懇談会(第1回:2月26日)が始まり、デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会(第33回:2月26日)、インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会(第4回:2月27日)などの引き続きの検討とも合わせ、今期のインターネット関連の省庁における政策検討は、この春から夏にかけて活発になることだろう。(それにしても、同じ検討課題について総務省が同じ省内でこれほど多くの検討会を立ち上げるのかは謎である。このような多重検討は単なる税金の無駄と思われるので、一国民として心から止めて欲しいと思う。)

 ただ、どこの省庁で検討されるにせよ、今までの各省庁の検討を見ている限り、必ず、そのアウトプットが無意味なネット規制・表現規制になることは目に見えている。そして、このような無意味な規制案を打ち出してくることの背景は、どう考えても、彼らの意識に深く根ざしている通信手段・コミュニケーション手段・メディアとしてのインターネット軽視にあるとしか思われない。(表現規制そのものについてもまたそのうち書く機会があるだろうが、表現規制が出てくることのもう一つの背景は、サブカルチャー軽視だろう。私自身は文化にサブもメインも、高尚も低劣もないと思っているのだが。)

 ダウンロード違法化問題一つとってみてもそうで、別に海賊版をやりとりする通信手段はインターネットに限られないのだが、インターネットならば不当に規制を強化しても構わないと思う人間がかなりいるようなのは実に不思議である。だが、これを電話なりFAXなり郵便なりに置き換えて、これらの通信手段を傍受して、その内容が他人の著作物であるかどうかを著作権団体なりが確かめて良いとした上で、もし著作権法違反をしていたら、受け手に民事罰あるいは刑事罰を課しても良いとするべきだと言ったら、誰もがナンセンスだと思うだろう。

 フランスを皮切りに、イギリスやオーストラリアも、2回の注意を受けても違法コピーを繰り返した場合、インターネットへのアクセスを禁止するといった著作権検閲政策に食指を動かしているようだが、これもまた同じことで、これが、郵便を常にチェックし、3回海賊版を買った者は郵便を利用することができないとする法制であったとしたら、彼らにしたところでナンセンスだと思うに違いない。とにかく何故かインターネットというだけでバランス感覚が世界的にも狂うのである。

 匿名のいじめや児童の不正誘引の問題についても、それこそこれらの問題はリアルの場でも、他の手段を用いても可能であるにもかかわらず、何故か、インターネットそのものが問題で、サイト狩りを行えば問題が片づくかのような印象操作が平然と行われているのは全くもって不可解としか言いようがない。

 結局、この通信手段間の扱いの差は、電話なり郵便なりが生活に必要不可欠なライフラインであり、これらを止めることは生活に支障をきたすと誰もが認識しているにもかかわらず、インターネットはまだそうとは認識されていないという違いから来ているのだろう。

 確かに、今は、インターネットが無くても困らないとする人間もかなりいることだろう。しかし、ビジネスの現場にいる人間にとって、もはやメール抜きのビジネスは考えられないだろう。プロユーザーでない普通のユーザーにとっても、メールはほとんど必須の通信手段であろうし、情報収集・交換のツールとして、ホームページやブログ等々がない生活というものはほぼ考えられなくなってきているのではないだろうか。

 印刷術にせよ、近代郵便にせよ、電信電話にせよ、これらが発明される前は、他のもっと不便で遅い手段でもって、人と人とのコミュニケーションはなされていたのであり、発明された当時はこれらはライフラインでも何でも無かったろう。しかし、これらの発明がもたらした圧倒的なスピード感とコスト削減は人の意識を変え、これらの手段を人の生活にとって無くてはならないものに変えた。その結果として、これらをライフラインとして安心して利用できるための様々な法制度が作り上げられたのである。

 インターネットによる人と人とのコミュニケーションにおける圧倒的なスピード感とコスト削減から考えて、インターネットが他の通信手段と並んでライフラインの地位を人の意識の上で完全に獲得するのはそう遠い将来のことでもないだろうと私は思っている。この意識改革がなされた後の法制度がどうなるかは何とも分からないが、情報そのものには情報そのもののルールがあって良い。既存の権利・法制度の一部分をいびつに拡張して、インターネットそのものの利用を不安たらしめたり、禁止したりするような法制を導入することは、将来必ず不当で野蛮なことと見なされるものと私は確信している

 自身不当だと思う規制については、今後も私は断固反対の幟を上げ続けるつもりであるが、インターネットを既存のコミュニケーション手段と比べて不当に高く見ることも低く見る必要もない。知的財産権にせよ、表現の自由にせよ、通信の秘密にせよ、これらの権利のうちどれかを不当に高く見ることも不当に低く見ることもあってはならない。これらの基本的な権利の間のバランスについて、インターネットに関しても理性的な議論をするだけの意識が一刻も早く世界的に醸成されることを私は願ってやまない。

 さて、ついでに、また少し間が空いてしまったが、著作権の国際動向などについて、ネットの記事をざっと紹介しておこう。

 上でも少し触れたが、イギリスでは、違法なファイル交換を行っているユーザーのアクセスをインターネットサービスプロバイダーに停止させる法案を4月に通すことを考えているようであり、オーストラリアでも、このイギリスの検討に興味を持っていると通信大臣が発言したようである(cnetの記事PC Worldの記事(英語)ars technicaの記事(英語)numeramaの記事(フランス語)参照)。記事の中で、インターネットサービスプロバイダーの代表が答えている通り、著作権に基づいた全パケットフィルタリングは技術的にもコスト的にも不可能なので、何をどうしたところで、このような実現不可能な案がイギリスの国会を通ることはないのではないかと思われる。

 なお、フランスでは、この著作権検閲法案の計画者であるOlivienne氏が01netのインタビュー記事で法案策定作業を続けているところだと答えている。このフランスの著作権検閲法案も実運用のことを考えるとどうしても無理があるので、やはりそう簡単に通らないのではないかと私は思っているが。(余談だが、この人はやはりFnacというフランスの大手電気量販店グループの会長である所為か、ぽろっと「個人的にはカタログにない楽曲を交換する権利はあるのではないかと思う」とか、「海賊行為を完全に抑止することはできない、それはインターネットの非常に重要な在り方の一つであり、常に一部は抱えて行くことになるだろう」とか言っていたりするのは面白い。)

 また、欧州では、知財法の刑事罰に関して提案されているディレクティブを検討するよう欧州議会が各国に求めているようである(euractivの記事(英語)out-law.comの記事(英語)、Barebone centerの記事(ドイツ語))。しかし、これもまた保護レベルの高いところに合わせる話にしかならないと思われるので、日本の当局がその上っ面だけを取り上げて、また保護強化が世界潮流と言い出さないことを私は願っている。

 最後に、ダビング10が6月2日の午前4時に始まるという発表がなされている(ITproの記事参照)ので、これも紹介しておこう。しかし、このようななし崩しのダビング10運用開始は、B-CAS問題を手つかずのまま残し、情報通信審議会での答申とD-pa・ARIBでの規格の決定(D-paの発表記事参照)との関係も不透明なままにするもので、一消費者・一ユーザー・一国民として全く納得感はない。コピーワンス問題も、この程度で片づくとは私には到底思えない。

 次回は、適法マークの話をしようかと思っている。

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