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2008年1月10日 (木)

第45回:私的複製の権利制限とDRM回避規制の関係

 DRM(Degital Right Management:技術的保護手段あるいは技術的制限手段)回避規制の現状については第36回にも書いたが、今回は特に、DRM規制と私的複製の権利制限との関係について書いておきたい。

 まず、話の前提となる平成11年のDRM回避機器規制の導入経緯から書き始めるが、著作権法にDRM回避規制を導入することを決めたのは、平成10年12月の「著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ(技術的保護・管理関係)報告書」であり、不正競争防止法にDRM回避機器規制を導入することを決めたのは、平成11年2月の「コンテンツ取引の安定化・活性化に向けた取り組みについて-産業構造審議会知的財産政策部会デジタルコンテンツ小委員会及び情報産業部会基本問題小委員会デジタルコンテンツ分科会合同会議報告書-」である。(行政に属する有識者会議の報告を元に法改正がなされるのは常に不可解でならないが、特に後者の探しづらさときたら何かの嫌がらせとしか思えない。)

 まず、文化庁の著作権審議会報告書でやはりポイントとなるのは第2章第5~6節の「規制の対象とすべき行為」と「規制の手段」のところであろう。特に私的複製の権利制限との関係については、第2章第5節4.の「権利制限規定との関係」で、以下のように整理されている。(赤線強調は私がつけたもの)

「(前略)このうち,私的使用のための複製については,次のように考えられ,技術的保護手段の回避を伴ってまで行われる複製についてはこれを適法な複製として認めることは適当ではないと考えられる。
  そもそも私的使用のための複製を認めている趣旨は,上記(a)に該当し,個人や家庭内のような範囲で行われる零細な複製であって,著作権者等の経済的利益を害しないという理由によるものと考えられる。一方,技術的保護手段が施されている著作物等については,その技術的保護手段により制限されている複製が不可能であるという前提で著作権者等が市場に提供しているものであり,技術的保護手段を回避することによりこのような前提が否定され,著作権者等が予期しない複製が自由に,かつ,社会全体として大量に行われることを可能にすることは,著作権者等の経済的利益を著しく害するおそれがあると考えられるため,このような,回避を伴うという形態の複製までも,私的使用のための複製として認めることは適当ではないと考えられる。なお,現行著作権法においても,公衆用自動複製機器を用いて行う複製については,社会全体として大量の複製を可能ならしめ,著作権者等の経済的利益を著しく害する形態の複製であるとして,私的使用のための適法な複製から除外されているところである。一方,私的使用のための複製については,幅広い観点から,デジタル化・ネットワーク化の進展とそれに伴う著作物等の利用形態の変化をふまえ,権利者と利用者のバランスを考慮した全体的な見直しが必要であるとの意見,回避を伴う複製を規制することについてのコンセンサスが必ずしも社会一般に形成されているに至っていないとの意見等もあったところである。(後略)」

 さらに、第6節では、私的使用のための適法な複製から除外されている公衆用自動複製機器を用いた複製の場合と同じく、私的使用のための回避を伴う複製については刑事罰の対象としないことが適当としている。

 また、経産省(当時は通産省)の産業構造審議会の報告書では、C.3.の「法制化の具体的内容」で、以下のような整理を行っている。(赤線強調は私がつけたもの。)

「(1) 規制される行為
 
(i) 以下の行為を民事上の差止請求、損害賠償請求等の対象とすることが適当である。なお、刑事罰については、経済活動に対する過渡の萎縮効果を回避するとの観点から今回は導入しないこととし、必要最小限の規制にとどめるべきである。
- 取引の対象となる情報のコピー・アクセスを制限する技術の無効化を専らその機能とする機器及びプログラムを提供する行為(譲渡、展示、輸出入等)
 
(ii) 機器等の提供がそれぞれ多くの無効化行為を呼び起こしコンテンツ提供業者に大きな被害をもたらす蓋然性が高いのに比べ、一件一件の無効化行為自体は、互いに独立に行われ、その被害も限定的である。その一方で、個々の無効化行為を一件ずつ捕捉し、民事訴訟の対象とすることは困難である。このため、コンテンツの取引秩序の維持のための不正競争防止法による規制においては、機器等の提供等を対象とし、無効化行為そのものは対象としないことが適当である。
(無効化行為そのものについては、個々の事例に応じて民法上の違法性が評価されることとなる。)

(iii) なお、管理技術の試験又は研究は、新しい管理技術を用いたコンテンツ提供を促進する役割があることに鑑み、例外として取り扱うことが必要である。

(中略)

(4) 提供が禁止される機器等について

(i) 必要最小限度の規制を導入するという基本原則を踏まえ、規制の対象となる機器又はプログラムは、管理技術の無効化を専らその機能とするものとして提供され、無効化以外には用途が経済的・商業的に見て存在しないものに限定することが適切である。
 
(ii) 汎用の機器又はプログラムについては、規制の対象とすることは適当でないと考えられる。
 
(iii) 無効化以外に用途が存在しない機器及びプログラムを構成部分とする(注3)機器及びプログラムの提供行為については、専用装置の提供行為と同視し、不正競争行為として規制の対象とすべきものと考えられる。
 
(注3)「無効化機器・プログラムを構成部分とする」とは、その無効化機器・プログラムが専ら無効化機能を発揮するよう一体的に組み込まれていることを指す。
 
(iv) コピー管理又はアクセス管理のためにコンテンツに施されている信号を検知しない機器(いわゆる無反応機器)の問題については、「これらの機器(無反応機器)が規制されると、コンテンツ提供業者側が自らの利益確保のための信号を一方的に付することが許されるのに対して、機器の提供者側は、全てのコピー・アクセス機器が信号を検知しこれに従うよう措置するよう法的に強制されることとなり、バランスを欠くのではないか」との指摘があった。すなわち、無反応機器に対する規制をあえて行わず、結果として、例えばコンテンツ自体の暗号化のように、機器に追加的な機能を要求することなくコピー・アクセス管理を実現する管理技術が生き残ることを期待すべきだとする考え方である。これは、「今回の法規制導入に際しては、コンテンツ提供業者の十分な自助努力を前提とした取引の仕組みが醸成される環境作りを目指すべきである」との基本的な整理に立つものである。
 機器提供者側の過大な負担を避けて無反応機器を規制する方法として、法令に基づき管理技術を指定した上でその管理技術への対応を機器メーカーに強制するというやり方があるとの指摘がある。しかし、こうした方法は指定されていない技術の開発自体を事実上停止し、結果として管理技術の進歩を止めてしまう恐れがある
 こうした点を踏まえ、無反応機器に対する規制は行わないことが適当である。」

 この引用部分をちょっと読んだだけでも、役所の報告書が矛盾に満ちており、その矛盾を抱えたまま各省庁で法改正案が作られ、さらにはそれがそのまま国会に持ち込まれてなおまかり通るという日本の恐るべき現状が分かるはずである。

 まず、経産省の報告書では、個々のDRM回避行為自体には大した被害もない上、個々の回避行為を一件ずつ捕捉して民事訴訟の対象とすることは困難であるため、回避行為そのものは規制の対象としないとしているのにもかかわらず、文化庁の報告書では、DRMを回避して複製を行うことは、著作権者等の経済的利益を著しく害するおそれがあると全く異なる判断をして、DRMを回避して行われる複製を私的複製の権利制限から除外しているのである。

 また、経産省の報告書では、管理技術の試験又は研究は、DRM回避規制の例外とするべきとしているが、何故か試験・研究のための権利制限は当時著作権法に入れられず、今なお存在していないので、DRMを回避して行われる著作物の複製は、例え本当に試験・研究目的だったとしても違法ということになってしまう。

 さらに、経産省の報告書では、DRM回避機器の販売等に刑事罰をつけるべきではないとされながら、著作権法ではあっさりと回避機器の販売等に刑事罰をつけてしまっている。

 当時の両省庁が何を考えていたのかは、今となっては良く分からないが、少なくとも、個々の行為による事業者・権利者への経済的不利益が限定的であり、一件ずつ捕捉して民事訴訟の対象とすることは困難である場合には、民事による規制すらなされるべきではないという至極真っ当な考えは、経産省では通ったが、文化庁の理解するところではなかったことが良く分かる。そして、技術的な試験や研究が、事業者・権利者の利益を害するどころか、技術の発展を通じて社会全体を裨益するものだという考えも、これまた至極真っ当だと思うが、やはり何故か文化庁の理解するところではなかったのだろう。

 研究のために私的領域でDRM回避行為を行うことすら、著作権法では違法となるのであり、合法的に研究を行いたいと考えている真面目なDRM技術研究者たちは困っているだろう。著作権法のために技術の研究が困難になって良い訳がない。
 ある行為を私的複製の権利制限から除外しても、民事救済だけなら社会的に大した問題は発生しないから良いなどというのは嘘っぱちであることを示す明確な実例がここにあるのであって、そのようなおためごかしにだまされてはいけない。そもそも捕捉不可能な行為について民事のみにせよ規制をかけることは、遵法意識の高い善意者を萎縮させ、国民全体のモラルハザードを招くだけであることは、ここにも良く現れていることである。

 日本はフェアユース型ではなく、列挙型の権利制限を行っているにもかかわらず、国内での文化庁と権利者団体との癒着構造のために、時代に即した権利制限規定の導入が常になおざりにされ、私的複製の権利制限の中に全ての矛盾が押し込まれてしまっていることが、確実に今の私的複製の問題をややこしくしている要因の一つである。文化庁や権利者団体が常に持ち出す著作権国家ドイツやフランスですら、絶版著作物の私的複製を認めていたり、研究を例外としていたり、パロディを権利制限として認めていたりするのだが、彼らは決してこれらの点について触れない。こんな姑息かつお粗末なやり方で国民をだまし続けられるなどと考えている時点で、その文化レベルが知れる話であるが、権利制限が文化の発展に寄与することもあることをはっきりと認め、時代に即した権利制限の充実を真剣に考えないようでは、文化後進国と言われても仕方のない話である。(ドイツとフランスの権利制限については、ダウンロード違法化問題や補償金問題と絡む話として第13回第16回でも取り上げた。)

 すなわち、当時DRM回避規制を私的複製の権利制限に優先させるべきではなかったし、今も時代に即した権利制限規定の充実が望み薄である以上、優先させるべきでない状況であることに変わりはない。著作権法第30条第1項第2号は撤廃されるべきであると私は考える。

 今後、著作権法なり、不正競争防止法の規制なりにおいて刑事罰をさらにつけろとバカげた主張をまた著作権業界がしてくることも考えられるが、捕捉不可能な行為について刑事罰をかけることなどそれこそあり得ない話である。どんな薄っぺらな本でも構わないので、法律の基本書の一つも読んでから出直して来てもらいたい。

 さらに、DRM回避行為規制については、一般ユーザーにもDRMがかかっている状態とそうでない状態の区別がつくだけ、まだ多少は行為規範としての性格くらいは持ち得るかも知れないが、違法と合法の区別が最後まで外形的に判別不可能なダウンロード違法化は法制として完全に破綻していると、私は何度でも繰り返し言おう。

 なお、フリーオの登場で総務省で無反応機器の問題が再び取り上げられることだろうが、フリーオ問題については番外その6で書いたようにこれ以上の規制は無意味であり、無反応機器を規制すべきでないとした過去の整理を動かす理由は何一つない。
(経産省の報告書はそれなりに合理的だが、DRMの有効性の要件を規制に加えるべきかどうかという論点(省略部分に書かれている)で、第1に、法律で「管理する」といった場合、当然に「有効に」又は「効果的に」管理することを意味するので不要としながら、第2に、管理技術の日々の進歩によって「有効な」又は「効果的な」とする判断基準がかえって不明確・不安定となり、事業活動に悪影響を及ぼすおそれがあるため、不要としていることはこれだけで論理矛盾を起こしている。「管理する」が当然に「有効に」又は「効果的に」管理することを意味するとしたら、その瞬間、判断基準の曖昧さが出てくるということに何故気づかないのか。どこの省庁のものであれ、役人の書くペーパーは全て眉につばをつけて読むべきである。)

 ついでに、文化庁が教えてくれないだろう国際動向として、イギリスもフォーマットシフトやパロディを権利制限として認める方針であることを紹介するニュース記事(イギリスの記事ドイツの記事)と、フランスでは消費者団体が集まって行政裁判所に私的録音録画補償金に対する訴えを起こしたことを紹介するニュース記事(記事1記事2)とを、ここで紹介しておく。イギリスが権利制限を補償金制度とセットと考えていることはないようであるし、フランスでも補償金制度は消費者から完全に不当なものと見なされているのである。

 さて、政官が相次いで規制強化策を闇雲に打ち出していることに対しては今一度否と言っておかなければならないと思うので、本当に最近の政策動向にはうんざりさせられるが、次回は、規制の一般論について書いてみたいと思っている。

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コメント

> 真面目なDRM技術研究者たちは困っているだろう

以下のURLが参考になります(2003年に更新停止)。
http://www-vacia.media.is.tohoku.ac.jp/member/o/s-yamane2004/articles/crypto/circumvention.html
アメリカの学界でDMCAが裁判沙汰になるまで、日本のセキュリティ専門家は著作権法が改訂されていたことに気がついてなかった。次の改訂はちゃんとウォッチしていきたいものです。

投稿: s-yamane | 2008年1月10日 (木) 13時11分

それぞれの報告書が改正対象としている法令が違う(当時の通産省は不正競争防止法、文化庁は著作権法)ことに留意すべきです。

両者の関係については、次の書籍を参考にしてください。

http://www.yuhikaku.co.jp/bookhtml/011/011144.html

投稿: あ | 2008年1月11日 (金) 05時51分

s-yamane様、コメントありがとうございます。
 教えて頂いたHPもよくまとめられたものと感服致しました。確かにDRM回避規制の国際動向についても、より詳しく追って行かないといけないと感じています。

あ様、コメントありがとうございます。
 今回の記事は、法律が違うということによってどんな違いでも正当化される訳ではないということを示したかったので敢えてこのような書き方をしたのですが、DRM回避規制を法目的の異なる2つの法律に分けたことがさらに問題をややこしくしていることも承知しておりますので、教えて頂いた本も良く読んだ上で、今後、さらに補足をして行きたいと思います。

投稿: 兎園 | 2008年1月12日 (土) 00時02分

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