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2007年11月 9日 (金)

第21回:文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会提出パブコメその3

 最後に、補償金制度に関するところから、終わりまで。この意見の中にも少しは書いたことも含め、次回こそ、レンタルCD問題について調べたことをもう少し詳しく書いてみたいと思っている。

(12)「110ページ~、第7章第3節 補償の必要性について」に対する意見:
 本来行政府に求めるべきことではないが、私が補償の必要性に関する法改正事項として求めるのは以下の事項であり、これ以外の方向性に反対する
1.以下で引用する第10小委員会の報告書でも、はっきりと記載されているように、そもそも著作権法の様な私法が私的領域に踏み込むこと自体がおかしいこと等から、元々私的録音・録画は自由かつ無償とされていたのである。今現在、ないがしろにされているこの原則を再び法文上明確にすること
2.そして、それに加えて、この第10小委員会の報告書の記載では曖昧であるが、補償金については、私的録音録画を自由にすることの代償であることを法文上明確にすること。すなわち、私的録音録画の自由を制限するDRM(コピーワンスやダビング10ほどに厳しいDRM)がけられている場合は、補償措置が不要となることを法文上明確にすること。

 この項目についても削除あるいは修正されるべき点について、以下に指摘して行く。

・110ページの制度導入時の整理について、最終報告においては、第10小委員会の報告書からの引用は、より適切な以下のものに差し替えるべきである。
「第4章 報酬請求権制度の在り方
 私的録音・録画問題とは、権利の保護と著作物等の利用との間の調整をいかに行うか、言い換えれば、現行第30条の規定している私的録音・録画は自由かつ無償という秩序を見直すかどうかという問題である。
(中略)
 報酬請求権制度を我が国の著作権制度の上でどのように位置付けるかという問題については、私的録音・録画は、従来どおり権利者の許諾を得ることなく、自由(すなわち現行第30条の規定は維持)としつつも、一定の補償(報酬)を権利者に得さしめることによって、ユーザーと権利者の利益の調整を図ろうとするものであり、私的録音・録画を自由とする代償として、つまり、権利者の有する複製権を制限する代わりに一種の補償措置を講ずるものであると位置付けることが適当である。」

・111ページの注釈で、タイムシフトは消去されなければならないことが最高裁判例で判示されたと記載されているが、私には確認できなかった。明確に記載を引用するか、あるいは、この注釈は削除されるべきである。

・112ページで、第10小委員会での基本的考え方を勝手に決めつけているが、これも正しくない。このような記載は元々私的複製の自由・無償の原則があったことを忘れている。上の引用でも分かるように、第10小委員会の報告書には、私的録音録画を自由とする代償ということもはっきりと書かれている。

・112ページで、単に録音録画機器が普及したことのみを強調しているが、これは一方的な見方である。技術の発展を受けて、既に複製の主導権がユーザーに移りつつある、コンテンツの利便性すなわち複製の利便性となってしまっている、情報アクセスすなわち一時的固定あるいは複製となってしまっている状況こそ真に考慮されるべきで、このような状況下で著作物を提供することの意味をもう一度とらえ直すべきである。

・また、112ページで、もう一つの考え方を、新たな権利の付与としているが、元々原則は私的複製は自由かつ無償であったのであり、これを新たな権利の付与と称することは妥当ではない。このような誤解を招く語は、最終報告からは削除されるべきである。

・115ページで、「ただし、著作権保護技術には、私的録音録画自体を厳しく制限するというよりは、通常の利用者が第30条の範囲内で必要とする私的録音録画の機会は確保しつつ、デジタル録音録画された高品質の複製物が私的領域外へ流出するのことを抑制するものという捉え方も可能なものもある。このような捉え方は、現行法でも複製物を使用しない者の複製を禁止し、私的複製に作成した複製物の頒布を目的外使用として原則禁止としていることとも合致していると言える。」と記載されているが、コピーワンスやダビング10など、明らかに私的録音録画自体を厳しく制限しているものもあり、このような捉え方を一方的に現行法と合致しているとすることは妥当ではない。この文章は削除されるべきである。

・118ページに、「一人の利用者の行う私的録音録画の全体に着目すれば、経済的不利益を生じさせていることについてはおおむね共通理解があると考えられる。」ということが記載されているが、各複製形態毎に経済的影響の評価をして、補償の要否を決めるべきとされているときに、このような全体的な記述を行うことは乱暴である。共通理解があるとすることも疑わしい。
 また、その評価は事実上困難であることなどから、私的録音録画からの利益は否定できないかもしれないが、権利者が被る経済的不利益を上回るものではないという意見が大勢であったとも記載されているが、評価が困難であるにもかかわらず、不利益を上回るものでないとするとは理解不能である。また、なぜ不利益の方のみを評価が困難でないと勝手に決めつけられるのかも不明である。困難なことは分かるが、利益不利益の両方をきちんと評価することが今まさに必要とされているのであり、この評価が不能であるとするなら、私的複製の元々の原則に立ち返り、補償は不要とされるべきである。
 したがって、この118ページの(2)の記載は全て削除されるべきである。

・119ページの受忍限度と補償の必要性について、権利者の受忍限度のみを補償の必要性のクライテリアとすることは、そもそも公平の原則に反し、真の国民視点に立った検討を不可能にする、一方的かつ独善的な整理である。
 また、プレイスシフトやタイムシフトについては補償の必要性は無い。このことは額の算定ではなく、制度の必要性・補償金の対象とするべきかどうかというところで、まず判断されるべきことである。
 したがって、この119ページの(3)の記載は全て削除されるべきである。

・120ページで、「個々の権利者の意思とは関わりなく、厳しい制限が課された著作権保護技術が導入されることが一般化されることを想定しているが、現実には、社会全体がこのような状況になる可能性は少ないのではないかと考えられる。」と記載されているが、既に、地上デジタル放送については、コピーワンス制限がかかっており、ダビング10になったとしても厳しい制限がかかっていることに変わりはない。この記載は、特に、地上デジタル放送については、コピーワンスのような厳しいコピー制限が課され、一般化していると修正されるべきである。

・120ページで、個々の権利者が選択権を行使できる場合についての記載があるが、既にネットではこのような状況となっていることが明記されるべきである。ネットにおいて権利者が自らDRMつきあるいはDRMなしのコンテンツの配信事業を行うことを妨げる要因は何一つない。

・121ページで、「CCCD(コピーコントロールCD)の例のように、厳しい利用制限の選択肢があるとしても、市場がこの方法を受け入れなければ、そうした選択ができないこと、また著作物等の提供者の優越的地位により、権利者に自由な選択権が確保されない場合も想定されるので、権利者の意思にのみ補償の要否を委ねるのは問題である。」という意見が記載されているが、CCCDを市場が受け入れなかったのは、コンテンツの利便性すなわち複製の利便性となってしまっているために、CDの代金がほぼ私的複製の対価ととらえられていることの証左にすぎない。また、著作物の提供者の優先的地位の乱用は、独禁法で解決されるべき問題であって、補償金の積み増しで解決されるべき問題ではなく、このような全く妥当でない記載は、削除されるべきである。

・122ページの、「仮に現状では著作権保護技術と補償金制度が併存する状況にあったとしても、著作権保護技術の影響度を補償金額に反映させることや、場合によっては対象機器等の特定に反映することについては、おおむね異論のないものと思われる。」という記載も、明らかに補償金制度ありきの文章であり、予断を与えるこのような文章は削除されるべきである。

(13)「123ページ~、第7章第4節 補償措置の方法について」に対する意見:
 (12)で書いたように、そもそも制度の廃止も含めて検討されるとされている中、補償の必要性についてすら明確に整理できていないところで、補償措置の方法について検討することは妥当でない。補償の必要性についてきちんと明確に整理できるまでは、現行制度の方法を変更するべきではない

 本来ならば、最終報告に当たっては、これ以降の全ての記載を削除するべきであると考えるが、特に削除されるべき事実誤認に基づく記載、あるいは不合理な記載を以下に指摘しておく。

・123ページで、機器媒体への課金することを補償金制度を採用している全ての国と同様の制度としているが、上に書いた欧州消費者組合の意見書の第3ページに書かれているように、ノルウェーでは税金により著作権者への補償を行っており、このような記載は修正されるべきである。

・124ページで、「録音録画源に注目すると、私的録音録画の可能性を一切無視して補償金を徴収することになることなど、制度の不合理さが目立つ制度にならざるをえず、仮に補償金制度を導入するとすれば、アの制度が適当であるとする意見が大勢であった。」としているが、録音録画機器に課金するとしても、iPod含め汎用録音録画機器に対象を拡大するとすれば、補償が必要な私的録音録画の可能性を無視して補償金を徴収することになることは全く同じことになるので、このような記載は妥当でない。削除されるべきと思われるが、強いて言うなら、この記載は「仮に補償金制度を維持するとすれば、分離型専用機器を対象とする現行の制度を維持することが適当であるとする意見が大勢であった。」とするべきである。

・125ページで、「民間同士の契約に任せても、利用者から料金等を徴収している場合は、録音録画機器を有しない人も事実上その経費を負担することになること、第30条が改正され無許諾無償の録音録画が再び認められるようになったのに事実上録音録画の対価が徴収されることについて、利用者の納得が得られるかどうか疑問が残る。」としているが、これは法律屋の論理であって、一般国民のコモンセンスからは乖離している。
 例えば、CDを買うとき、私的複製も含めて音楽を個人的に楽しむ権利を買っていると普通のユーザーは認識しているのであり、単なるプラスチックコートのアルミ板を買っているなどと思っている一般ユーザーは恐らく一人もいないということを、法律屋はもっと認識するべきである。解釈によっても良いし、立法によっても良いが、このような本当のコモンセンスと法律を合わせることが、本来の法律屋の職務であろう。このような理屈は本末転倒も良いところである。

・125ページで、コンテンツホルダーである以外の権利者について述べているが、そもそもコンテンツホルダー以外の権利者とは一体何者なのか不明である。また、権利を持っている者以外の者に対して何か補償するべきことがあるというのも理解不能である。

(14)「126ページ~、第7章第5節 私的録音録画補償金制度のあり方について」に対する意見:
 (12)で書いたように、そもそも制度の廃止も含めて検討されるとされている中、補償の必要性についてすら明確に整理できていないところで、制度設計について検討することは妥当でない。補償の必要性についてきちんと明確に整理できるまでは、現行制度の設計を変更するべきではない。
 敢えてさらに言っておくと、私は、ユーザーとして、私的録音録画補償金は、私的録音録画の自由が確保された場合の私的録音録画により生じる権利者の経済的不利益の補償であるという立場に立つ。私的録音録画の自由が制限される場合、あるいは、私的録音録画の自由が制限されずとも一般ユーザーの利用形態を考えたときに権利者に大きな経済的不利益が生じていないと考えられる場合は、補償は不要という立場である
 したがって、対象機器・媒体について、その機器・媒体における私的録音録画の自由度、及び、一般ユーザーの利用形態を考えずに、単にその機器・媒体が主に私的録音録画に使われることをもって対象を拡大することに反対する
 文化庁が、この中間整理においてこのようなユーザー無視の姿勢を取る以上、文化庁長官が勝手に機器・媒体の範囲を決められるような、文化庁の横暴を許す形への法令の変更にも反対する
 また、そもそも補償金の根拠があやふやであるため、今の制度すら、対象機器・媒体及び補償金額がユーザーから見て納得の行かない形で、既存の利権団体同士の談合のみで決まっている。今後も制度が維持されるのであれば、仕組みが見直されたとしてもこのようなそもそもの制度の矛盾が無くなるとは思えず、どのような形であれ補償金制度がある限り、返還制度を無くすことには絶対反対である
 すなわち、一ユーザー・一消費者・一国民として、よって立つべき前提を無視した、このような方向性には断固として反対する。
 また、現在、日本では、コンテンツ産業振興を名目に少なくない税金が投入されている。この国費をコンテンツ業界はもらって当然のように考えているのかも知れないが、これは、大きくとらえれば、著作権業界のために本当に薄く広く国民に補償金が課されている状況であることに他ならない。このような、特定の業界に対する税金投入の意味、今後の国費による補助事業のあり方も含め、より大きな観点から、私的録音録画補償金問題は考え直されるべきであると私は考える。
 また、念のため、保護期間の延長問題と同じく、補償金制度についてもEUで統一するとしたら、現実的には保護レベルの高い方に合わせるしかないと思われることも指摘しておく。したがって、ヨーロッパにおける補償金拡大の動きを、EU統一の大きな流れを無視して、補償金の対象拡大だけをとらえて世界動向だと断じることは明らかな間違いである。

 本来ならば、最終報告に当たっては、ここの全ての記載を削除するべきであると考えるが、特に削除されるべき事実誤認に基づく記載、あるいは恣意的かつ不合理な記載を以下に指摘しておく。

・129ページに、専用記録媒体(例えば録音用CD-R)が、政令指定の対象になっていない機器(例えばパソコン)でも使えることを問題にしているが、これがどうして問題になるのかよく分からない。あくまでパソコンは汎用性から対象外とされているのであって、これを補償金の対象範囲内とするべきであるかのごとき記載は絶対に削除されるべきである。媒体の汎用性に関する記載についても同様である。

・130ページに、「現行制度の対象となっている分離型専用機器と専用記録媒体については、特に対象から除外する理由はなく従来どおり対象にすべきであることでおおむねの了承を得た。」と記載されているが、そもそも補償の必要性が問われている中で、従来通りとすることでおおむねの了承が得られる訳がない。最終報告をまとめるにあたっては、この記載は必ず削除されるべきである。特に、コピーワンスあるいはダビング10といった極めて厳しいコピー制限が維持されるのであれば、録画補償金はそもそも無くすべきである。

・130~131ページに、「私的録音録画を主たる用途としている機器である限りは、特に分離型機器と一体型機器を区別する必要はないので、対象にすべきであるとする意見が大勢であった。」と書かれているが、そもそも補償の必要性が問われている中で、このような対象機器を拡大する意見が大勢である訳がない。最終報告をまとめるにあたっては、この記載は必ず削除されるべきである。
 同じく、「例えば最近の携帯用オーディオ・レコーダーの中には、附属機能かどうかは別にして、録音録画機能以外に静止画・文書等の記録やゲームのサポート機能等の機能を有しているものがある。このような機器については、製造業者の販売戦略、利用の実態等から少なくとも現状においてはほとんどのものが録音録画を主たる用途としていると考えられるので、対象機器に加えて差し支えないと考えられるとの意見があった。」との記載も、そもそも汎用性まで含めてこのような整理が可能であるかどうかすら分からない中では、全く妥当でない意見であり、必ず削除されるべきである。
 特に、この整理は、ごく普通の一般ユーザーはiPodを分が購入したCDのプレースシフトとiTunesからの配信の視聴用に用いていると考えられ、このiPodから他人への音楽の拡散が考えられない以上、このような機器に補償金を課すことに国民の納得感がそもそも得られないということの理解が完全に欠けている。このような機器に課す場合は、国民が真に納得できる根拠を示すべきである。単に私的録音録画がなされているからなどという理由はお話にならない。

・131ページで、パソコンについて意見の一致に至っていないとしながら、あたかも、パソコンに補償金がかけられるべきということを前提にした意見のみが載っており、全く恣意的かつ独善的な意見のまとめがなされている。これらの意見は全て削除されるべきである。

・133ページで、平成18年1月の報告書から、政令方式の問題点をあげているが、この報告書では同時に、法的安定性の観点から、現行の政令指定方式を変えるべきでないともされているのであり、仮にこの部分の記載を残すのであれば、このような報告書の整理もきちんと書かれるべきである。
 また、方向性の中であげられている、評価機関方式について、関係者の意見を聞いて、文化庁がデタラメかつ勝手に対象機器と媒体の範囲を決めると言っているようにしか見えず、この中間整理において示されている独善的な文化庁の姿勢を考えても、文化庁に補償金の対象範囲と金額の決定権限をゆだねるような法改正には全く賛同できない。
 こんなことが書かれているのでは、何のために私的録音録画小委員会を作ったのかすらよく分からない。そもそも、この対象範囲と金額を例え時間がかかってもきちんと関係者間で決めるために、わざわざ著作権分科会の下に私的録音録画小委員会を設置したのではなかったのか。
 なお、今後私的録音録画と補償金問題を継続的に検討するために新たな小委員会を文化審議会に設置するにしても、この小委員会の構成は、より公平を期して、消費者・ユーザー代表を3分の1、メーカー代表を3分の1、権利者代表を3分の1とするべきである。権利者が不利という声があがるのかも知れないが、この程度の数の有識者を納得されられなくて、国民の理解が得られると思うことなど片腹痛い。真に国民の理解が得られない法改正などされるべきではない。(学者を入れて、全て4分の1ずつとしても良いが、この中間整理に対して国民視点に立った真の政策提言が出来なかった法学者を入れる必要はない。ただし、現委員長の中山信弘先生だけは、その卓越した見識から留任されることを強く希望する。)
 さらに言うなら、対象機器・媒体の範囲・補償金額等の決定は必ず関係省庁全ての了解を必要とするべきである。

・135~137ページにかけて、メーカーを負担者とし、返還制度を無くしても公平性が保たれる可能性があることなどが書かれているが、このような整理は世迷い言も良いところである。今後も補償金制度を維持した場合、補償を必要とする私的録音録画をしてないユーザーがますます出てくるだろうと予想されるにもかかわらず、返還制度をなくして公平性が保たれるとする理屈は常識的に考えてあり得ない。現行制度でも、補償金の妥当な算定がなされているとは言い難く、返還制度はユーザー・消費者にとって絶対必要なセーフハーバーの一つである。
 また、同じ中間整理に書かれていることであるが、フランスではメーカーが負担者とされながら、補償金の返還制度も存在しており、このような制度設計が考えられないとする理由もなく、メーカー負担すなわち返還制度なしとすること自体、極めて危険な論理のすり替えである。

・138ページで、「契約に基づく私的録音録画や、プレイスシフト、タイムシフトなどの要素は補償金額の決定にあたって反映させるべきであるとすることについてもおおむね異論はなかった。」と記載されているが、これらの複製はそもそも補償の必要がないものであって、反映させるべきところは補償金額ではなく、補償の必要性、あるいは、機器・媒体を補償金の対象とするか否かというところである。そもそも補償の必要性が問われている中、このようなことに異論がないとすることは妥当ではなく、最終報告において、この記載は必ず削除されるべきである。
 金額に関することについても、評価機関での審議の上文化庁が勝手に決められるようにすることなど論外である。

・139~142ページについて、管理協会を一つにすることには賛成である。特に二つも天下り先の協会を用意することはない。その方が事務経費も減るはずである。
 また、最近のUGC(User Created Contents)の勃興などを考えても、今後、クリエイティビティの中心がますますユーザーに移っていき、権利者の捕捉はますます困難になっていくものと思われる。そのため、補償金制度が維持されるとしても、その補償金は全額全額違法コピー対策やコンテンツ産業振興などの権利者全体を利する事業に使われるべきであると考える。
 また、制度が維持される場合は、より広報が行われるべきであることにも異論はない。

(15)「143ページ~、参考資料1~3」に対する意見:
 (5)~(8)で書いたように、私的複製規定の国際比較が不十分であり、国の選択に恣意性が見られるため、この参考資料についても、最終報告において修正することを求める。
 また、ベータマックス判決の少数意見はあくまで少数意見に過ぎず、これを特に引用することで予断を与える可能性があるため、これは削除されるべきである。

(16)報告書全体に対する意見:
 上に書いたように、この中間整理は、一方当事者の恣意的な調査しか引用しておらず、国際的な著作権法の比較も不十分であり、検討結果についても整合性・合理性を全く欠いており、法改正の根拠としては全く不十分かつデタラメなものである。このような天下り役人の妄想ペーパーで法改正を行うことなどあり得ない。
 本来、公平であるべき審議会の運営をねじ曲げ、癒着業界のためにのみ報告書を取りまとめた文化庁の罪は重い。
 文化庁あるいは文部科学省にあっては、このような審議会運営について猛省した上で、真に公平かつ妥当な国民視点に基づく検討が行われるよう、その審議会運営の正常化を真摯に行うことを、私は一国民として強く求める
 なお、文化庁あるいは文部科学省がこのような正常化が不可能であるとするなら、これは、行政府が特定業界との癒着を断ち切ることが不可能であると告白したに等しく、私は一国民として、行政府におけるこのような明らかに国民視点を欠いた検討を凍結し、今後一切の著作権の法改正の検討を直接立法府で行うべきであると立法府に求めていくことをここに付言しておく。

 最後にまとめとして、私的複製と補償金制度に関する今後の法改正において、私が一国民として強く求めることを以下にあげておく。

1.そもそも、著作権法の様な私法が私的領域に踏み込むこと自体がおかしいのであり、私的領域での複製は原則自由かつ無償であることを法文上明確にすること。また、刑事罰の有無に関わらず、外形的に違法性を判別することの出来ない形態の複製をいたずらに違法とすることは社会的混乱を招くのみであり、厳に戒められるべきこと

2.特に、補償金については、これが私的録音録画を自由にすることの代償であることを法文上明確にすること。すなわち、私的録音録画の自由を制限するDRM(コピーワンスやダビング10ほどに厳しいDRM)がかけられている場合は、補償措置が不要となることを法文上明確にすること。

3.また、タイムシフト、プレースシフト等は、外形的に複製がなされているにせよ、既に一度合法的に入手した著作物を自ら楽しむために移しているに過ぎず、このような態様の複製について補償は不要であることを法文上明確にすること。実質権利者が30条の範囲内での複製を積極的に認めているに等しい、レンタルCDやネット配信、有料放送からの複製もこれに準じ、補償が不要であることを明確にすること。

4.私的録音録画の自由の確保を法文上明確化するとした上で、私的録音録画を自由とすることによって、私的複製の範囲の私的録音録画によってどれほどの実害が著作権者に発生するのかについてのきちんとした調査を行うこと。
 この実害の算定にあたっては、補償の不必要な私的複製の形態や著作権者に損害を与えない私的複製の形態があることも考慮に入れ、私的録音録画の著作権者に与える経済的効果を丁寧に算出すること。単に私的録音録画の量のみを問題とすることなど論外であり、その算定に当たっては入念な検証を行うこと。

5.この算出された実害に基づいて補償金の課金の対象範囲と金額が決められること。特に、その決定にあたっては、コンテンツ産業振興として使われる税金も補償金の一種ととらえられることを念頭に置くこと。この場合でも、将来の権利者団体による際限の無い補償金要求を無くすため、対象範囲と金額が明確に法律レベルで確定されること。あらゆる私的録音録画について無制限の補償金要求権を権利者団体に与えることは、ドイツ等の状況を見ても、社会的混乱を招くのみであり、ユーザー・消費者・国民にとってきちんとセーフハーバーとして機能する範囲・金額の確定を行うこと。
 あるいは、実害が算出できないのであれば、原則にのっとり、私的録音録画補償金制度は廃止されること。

6.集められた補償金は、権利者の分配に使用されることなく、全額違法コピー対策やコンテンツ産業振興などの権利者全体を利する事業へ使用されること。

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