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2007年11月29日 (木)

第30回:ネット配信拡大の包括策と一緒に発表されたサルコジ仏大統領の演説

 今回は余談として、そこにフランス政府が著作権についてどう考えているかがはっきり出ているので、包括策と一緒に発表されたサルコジ大統領の演説文を抜粋して紹介したいと思う。サルコジ大統領はなまじっか辣腕なだけに突っ込みどころも多い。(なお、冒頭の挨拶や合意内容紹介などいまいち突っ込みがいのないところは省略した。)

 まず、最初の方から。(以下全て翻訳は全て拙訳。)

「...Depuis trois ans, j’ai repondu present chaque fois qu’il a fallu faire prevaloir le droit legitime des auteurs et de ceux qui contribuent a leur expression, sur l’illusion et meme sur le mensonge de la gratuite. Les mots sont forts parce que ces principes sont essentiels

Musique, cinema, edition, presse, arts graphiques et visuels… tout est aujourd’hui disponible et accessible partout, sur la toile de l’internet, chez soi, au bureau, en voyage. C’est une richesse, c’est une chance pour la diffusion de la culture. J’imagine que personne ici ne le conteste. Pour autant, jamais nous n’avons ete aussi proches d’un veritable ≪ trou noir ≫, capable d’engloutir et d’assecher cette richesse et ce foisonnement creatif.

Le clonage et la dissemination de fichiers a l’infini ont entraine depuis cinq ans, j’emploie un mot fort, la ruine progressive de l’economie musicale, en deconnectant les ouvres de leur cout de fabrication, et en donnant cette impression fausse que, tout se valant, tout est gratuit.

Avec le developpement du tres haut debit, le cinema risque evidemment de subir le meme sort que la musique : les memes causes produiront exactement les memes effets. D’ores et deja, pres de la moitie des films sortis en salles en France sont disponibles en version pirate sur les reseaux ≪ peer to peer ≫, et le marche de la video a commence a decroitre avant meme d’atteindre sa maturite. Le livre pourrait a son tour etre brutalement menace avec l’arrivee du livre electronique.

C’est a une veritable destruction de la culture que nous risquons d’assister. En plus de cela, c’est egalement une negation du travail, cette valeur capitale qui est au coeur des problemes de la France d’aujourd’hui, et au coeur de ses solutions.

(挨拶は省略)

 3年間、無料の幻想と嘘に対して、著作者の権利を優先させるべきと私はいつも答えてきた。この言葉は強い、この原理は本質的なものであるからだ。

 音楽、映画、出版、報道、絵画・・・あらゆるものが今日インターネット網から、家にいようと、オフィスにいようと、旅行中であろうと、どこでもアクセス可能で手に入る。これは富であり、文化の伝搬のチャンスである。ここで、これを反対する者はいないと思う。しかしながら、我々はこれほど、この富と想像力の源を飲み込む「黒い穴」に近づいたこともないのだ。

ファイルの無限の複製と伝搬は、作品と生産価格を乖離させ、全てが価値あるものであるのに対して、全てが無料であるかのような間違った印象を与えることで、私は強い言葉を使うが、音楽経済の漸進的な破滅を引き起こした。

極めて速い進歩によって、映画も音楽と同じ運命をたどる危険がある。同じ原因が全く同じ結果をもたらすのである。今までフランスで劇場公開された映画のほぼ半分が≪ピアツーピア≫網の上で海賊版として手に入り、ビデオの販売は成熟に達しないうちに減り始めている。本もまた電子ブックの到来にひどく脅かされている。

私たちが直面しているのは文化の真の破壊である。加えて、それは雇用の消失であり、この資本価値は今日のフランスの中心問題であり、解決すべき中心でもある。」

 のっけから、無料を嘘と幻想だと言い切っているが、そんなことを誰が決められるだろう。情報の発表・入手コストが無料であることによって発展する文化がインターネットによって生まれたことも、またもう一つの事実として認識されなければならないのであり、このもう一つの文化を勝手に全否定することはどこの政府にも許されることではない

 そして、著作物の複製に全て対価の支払いが要求されるという考え方も間違っている。インターネットの登場により、創作者自らが無料で情報を提供する機会も増え、著作者の許諾を必要としない方がかえって良いと思われる公正な利用形態も増えたのである。技術の発展により、かえって幻想と嘘であることがばれたのは、著作者の「複製権」の方だと言っても良いくらいだと私は思っている。

 また、確かにインターネットのためにレコード産業はかなりのダメージを受けるかも知れないが、別に音楽産業自体がなくなる訳ではない。レコード産業=音楽産業でないことはもっと明確に認識されてしかるべきであり、音楽が流通まで含めて今の産業規模であるべき必然性はどこにもない。このような話を聞くと、私は常に、その登場によって壊滅的なダメージを受けたので、自動車産業は馬車産業に補償をするべきだというようなナンセンスを感じる。ユーザーは単に便利で安い方を選んでいるだけだというのに。

 そもそも媒体や制度がどうなろうと、音楽を作る・聞くという人間の根源的な文化的営為に何か本質的な変更が加わる訳ではない。何らかの制度的なバイアスによって、逆にこの営為を歪めることができると考えているとしたら、文化というものの本質をなめているとしか言いようがない。

 なお、映画が音楽と同じ運命をたどるだろうということは恐らく正しい。このことをもっと深く考えれば、映像も、最後はDRMなしの配信か視聴アーカイブに行き着くと考えられるのだが、恐らくそこまで考えが及んでいないのは残念である。(今DRMに関することも調べているので、DRMの話も近いうちに書いてみたいと思っている。)

 さらに先を読んでいく。

「Aujourd’hui, un accord est signe, et je veux saluer ce moment decisif pour l’avenement d’un internet civilise. Internet, c’est une ≪ nouvelle frontiere ≫, c’est un territoire a conquerir. Mais Internet, cela ne doit pas etre ≪ Far Ouest ≫ high-tech, une zone de non droit ou des ≪ hors-la-loi ≫ peuvent piller sans reserve les creations, voire pire, en faire le commerce en toute impunite, sur le dos de qui ? Des artistes. D’un cote, des reseaux flambant neuf, des equipements ultra-perfectionnes, et de l’autre des comportements parfaitement moyenageux, ou, sous pretexte que c’est du numerique, chacun pourrait, parce que c'est du numerique, pratiquer librement le vol a l’etalage.

On dit parfois que quand personne ne respecte la loi, c’est qu’il faut changer la loi. Sauf que si tout le monde tue son prochain, on ne va pas pour autant legaliser l’assassinat.

Si tout le monde vole la musique et le cinema, on ne va pas legaliser le vol. Et en meme temps, nous savons tous qu’on ne va pas non plus mettre tous les jeunes en prison. Poser en ces termes le debat est parfaitement absurde.

Il nous fallait chercher des moyens intelligents pour en appeler a la conscience du citoyen, et lui donner la possibilite de revenir dans le droit chemin. Apres tout, c'est peut-etre meme la fonction d'un gouvernement. Il fallait aussi essayer de comprendre pourquoi le citoyen ordinaire, habituellement respectueux de la loi, preferait s’approvisionner dans des entrepots clandestins plutot que de faire ses achats dans un supermarche en ligne : n’etait-ce pas aussi un probleme d’attractivite de l’offre legale ?
...

今日、合意は署名され、私は文明化されたインターネットの到来にとって決定的なこの瞬間を喜ばしく思う。インターネットは≪新たなフロンティア≫であり、征服するべき領土である。しかし、インターネットはハイテクの≪極西≫、≪無法者≫が際限なく創作物を強奪でき、あるいは、さらに悪く、完全な無罰の中でそれを商売とすることのできる、正義なき領域であってはならない。誰の背に乗ってか?といえばアーティストの背にである。一方では、新しく網が張り巡らされ、機器が極限まで完成され、他方では、デジタルであるという言い訳のもと、デジタルであるが故に、誰もが自由にショーウィンドウのものをつかみ取りにできるという、完全に中世の有様がある。

誰も法を守ろうとしないとき、変えなくてはいけないのは法であるということが間々言われる。しかし、皆が隣人を殺すとしても、それでも殺人が合法化されることはないだろう。

皆が音楽を盗んでいるとしても、盗みが合法化されないようにすることはない。同時に
皆、若者を全員牢屋送りにできないことも分かっている。このような形で争いを提起するのは完全に馬鹿げている。

我々は、市民の良心を呼び覚まし、正しい道へと戻す可能性を与える賢い手段を探さなければならない。結局、それは政府の役割なのだろう。普通なら法律を尊重する、普通の市民が何故、オンラインのスーパーマーケットでの買い物より、闇市場での入手を好むのかを理解するよう努めなければならない。合法なサービスにもやはり問題があるのではないか?

(中略:大臣への感謝や合意の内容など)」

 泥棒理論はよく見かけるのだが、ついには殺人理論まで飛び出してきた。何度も言うようだが、知的財産権の侵害を通常の有体物の財産権の侵害と同一視することはできないし、ましてや生命の侵害と同一視することなどあり得ない。知的財産の侵害は、本質的には評価不能のもので、常に相対的なものである

 そのため、著作権侵害に悪意推定を入れて刑事罰を導入すると、ほとんどあらゆる者が牢屋送りとなりかねないというのは正しい。そうすることは馬鹿げているが、どうしたら良いかとなると、地球上の誰にも良いアイデアはないというのが現状であろう。

 そして、何故合法コンテンツに比べ違法コンテンツを好むユーザーが多数いるのかというのは、実は最も本質的な問いかけである。ネットでの違法流通に対する本当の解決策が世界的に見ても一つも出されていないのは、この問いかけに対する本当の答えを、どこの政府も認識していないからなのだろう。

 ヘビーユーザーでない、本当の一般ユーザーにとって、ユーチューブのようなメジャーサイトならいざしらず、違法コンテンツを広大なネットからわざわざ探すのは結構手間もかかり、心理的な抵抗も大きいものである。それでもなお、一般ユーザーですら違法コンテンツを選んでいるという事実があるとしたら、違法コンテンツには合法コンテンツにはない利便性があるからに違いない。そして、合法コンテンツに関して、生産コストにこっそりと上乗せされている流通屋への思いやりコストという欺瞞を、消費者が敏感に察知しているということもあるに違いない。値段と利便性という最も単純な消費者のクライテリアを、合法サービスのコンテンツはクリアしていないのだ。
 要するに、まずどうにかすべきなのは、法制度ではなく、合法サービスの利便性と値段なのである。

 最後の部分を引用する。

「Enfin, je suis persuade que les jeunes sont beaucoup plus intelligents qu'on ne l'imagine et qu’ils comprendront parfaitement que, si on laissait faire, il y aurait que quelques artistes qui s'en sortiraient - les plus connus - et que les jeunes artistes ne pourraient plus avoir acces a rien du tout. Il ne faut pas croire qu'en faisant cela on protege ceux qui ont deja rencontre leur public, c'est faux. On defend d'abord ceux qui ne l'ont pas encore rencontre, et qui n'auraient aucune chance de le rencontrer si l'on ne leur reconnaissait pas des droits d'auteur.

Cela m'a fait bien plaisir d'etre ici. Je vous propose que l'on se retrouve dans six mois, au meme endroit, pour tirer le bilan de six mois d'application de ces nouvelles normes. En prenant un engagement devant vous : si cela marche, on continue comme cela, si cela ne marche pas suffisamment bien, on prendra les mesures pour obtenir des resultats.

Moi, je ne veux pas etre juge sur les declarations d'intention, je veux etre juge sur une seule chose, sur les resultats. J'ai ete elu pour obtenir des resultats et c'est cela qui compte.

Je vous remercie.

最後に、想像より遙かに若者は賢く、もし現状を放置すれば、そこから実に有名なアーティストが輩出されるかも知れないが、若いアーティストは全く何のアクセスも得られないだろうということを、彼らも理解するだろう。こうすることで、既に聴衆を得ている者を守っていると信じてはならない、それは間違いである。これは、まだ聴衆を得ていないが、著作権をそこに認めなければ、これを得る機会を失ってしまうだろう者を守っているのである。

私はここにいるのを喜ばしく思う。6ヶ月後、同じ場所で、この新しい規範の適用の結果を見ることを私は提案する。もしこれが機能するようなら、これを続け、これが十分に機能しないようなら、結果を得るための手段を取ることを、あなた方の前で約束する。

私は、意志の表示で判断されたいとは思わない、私がその上で判断されたいと思っている唯一のことは、結果である。私は結果を得るために選ばれたのであり、結果こそ重要なのである。

ご静聴感謝する。」

 その通り、若者は想像より遙かに賢い。これが、既に聴衆を得ている者、すなわち既存の著作権圧力団体に所属する者のみを守っているということを既に彼らは見抜いて、この合意を非難している。

 若いアーティストが、この合意のスキームで自らの著作物を守るためにはどうしなければならないかを考えてみればいい。まず既存の流通屋のどこかにおもねって著作物を流してもらい、既存の団体のどれかに入り、自分の著作物に団体謹製のウォーターマークを付けてもらわなくてはならない。そこまでして、自らの著作物へのアクセスを公衆から奪い、既存の流通屋を喜ばしてやりたいと思う、未知の若いアーティストがどれだけいるというのか。
 偏った著作権強化策は、もはや創作へのインセンティブとはならず、かえってこれを阻害する可能性があるということはいくら強調してもしすぎではない。

 サルコジ大統領の辣腕をもってしても、この合意スキームはまず間違いなくどこかで止まるだろう。結果のみによって判断されたいというサルコジ大統領の姿勢は素晴らしいと私も思うが、その前にどのような結果が本当に国民に求められているのかの検討が、文化先進国と言われるフランスでもできていないのが残念でならない。

 今回はフランス大統領の演説にとりとめもない突っ込みを入れただけの余談だが、日本でも今日、私的録音録画小委員会が開催されていたので、グーグルですぐ見つかるものではあるが、ここにも各ネット記事へのリンクを張っておこう(ITmediaITprointernet watch日経Tech On)。記事を見た限りでは、パブリックコメントそっちのけで同じ議論を繰り返していると思われるところなど相変わらず文化庁のどうしようもなさが出ているのだが、少なくともユーザーからのパブリックコメントに文化庁も多少の圧力を感じたようである。これでさらにごり押しをしてくるようなら、本当に救いようがない。

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